Treasure


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このままじゃ厭


1


別にあの人に対してなにをして欲しいだとかなにをしたらどうしてくれるのかとかなんて考えたことはない。望むだけ無駄、は言いすぎだけれど、彼は私の望むことなど関係なく己の道を突き進むから。そういうところも好きだし、不満はない。それに私がほんとに望んでいることは理解してくれているだろうから。
目の前にいる彼の顔をじっと見つめる。江戸川コナン。変わった名前の、高校生。やけに達観していて冷めている彼は、一応、私の彼氏だ。
周りからは「ほんとに付き合ってるの?」といつも言われるくらい、私たちはドライだ。彼が何故ここまで冷め切っているのかなんて私には分からないけれど、いや、私には彼のことなどほとんど知らないけれど、一つだけ知っていることがある。彼は、言葉通り命をかけて守ってきた女性がいること。その女性のことが好きだったということ。前者は私もその方と仲良くさせて貰っているから彼女から聞いたが、後者は彼といるうちになんとなく気付いた。
そのときに思ったのだ。

ああ、なんて哀れな人なのだろうと。そして何故かそこが愛おしいと。

哀れなのは私も同じ。彼の心を巣食う彼女の存在にも気付きながら惹かれてしまう、私の心。彼女には夫がいて、妊娠もしていた。蘭さん。名前の通り華やかで強く、それでいて暖かい花のような人。彼女の魅力など、会話をするだけで伝わってきた。そして納得したのだ、彼がこの人を愛すのも当然のことだと。私はただ、彼の心の闇に、隙間に身を滑り込ませただけ。利用していいよ、と囁いただけ。そこから始まった関係。薄っぺらい、細い糸でギリギリつながっているこの関係はいつも危うく感じてしまう。私から一方的に伸ばした糸は、私の小指から離れれば風に浚われてなくなってしまう。彼の体に絡まった痕さえのこさずに、静かに溶けて消えていく。


「なあ」

「なに?」


小難しい本から視線を上げることもなく、声だけで私の意識を引く彼のしぐさにも慣れている。だけど私は彼から視線を反らさず、じっと言葉の続きを待つのだ。


「オレらそろそろ別れても良いんじゃねーの?」


例えそれが、冷たい現実を叩きつける言葉だとしても。


「オメー告白されてたろ?」

「よく知ってるね」

「元太から聞かされた」


そ、っか。そうだよね、彼がわざわざ私のことに興味もつことなんてないし。さてどう返したら良いか。なんて冷静に考えているつもりなのに、体は正直で、自然と握り締めていた拳はぶるぶると震えていた。


「江戸川がもう女避け必要ないなら別れるよ」

「あー、うん、必要ねーな」


予想通りの返答。乙女らしく泣いて縋れば良いものの女としてのプライドが邪魔をする。そう、と答えて窓の外を見つめる。雨が降ってるな。走って帰れば良いだろうか。もう用無しの私が彼の部屋にいるのは彼が嫌がるだろうから。


「オメーみたいな馬鹿な女なんて、周りに腐るほどいるし」

「そうだね」

「なんでも良かったんだよ。周りからの評判が良くて見た目もそこそこ、頭もそこそこなやつなら、それで」

「うん」


知っていたことだ。だから悲しいとか酷いとか、そんなことは思わなかった。ただ、好きだから。好きだからなにを言われても、なにをされても側にいたかった。


「けど、もうオメーを女避けとして側には置けない」

「珍しいね、いつもはストレートに物を言う江戸川がぼやかして話すなんて」


場違いだろうけど、笑ってしまった。気を使っている、とは考え辛い。きっと彼に好きな人ができたのか、それとも蘭さんが忘れられないという理由か。どちらにせよいつもどこか無機質な江戸川の人間らしいところが見れて嬉しかったのか。
けど、それももう終わりなんだね。


「ん、分かった。今までありがとね」

「おい、まだ」

「いーから」


何かを言いかけた江戸川の口を右手の手のひらでふさぐ。良いの。もう、良いの。


「いままでありがとう」


ずっと側にいさせてくれた。好きで、いさせてくれた。
ありがとう。
だから、終わりくらい、笑顔で。
そう伝えて上着を羽織り、部屋から飛び出す。玄関に揃えられたローファーに足を入れて踵を引っ張ろうとしゃがんだ瞬間勢い良く腕を引っ張られた。


「ッ、」


そのまま壁に押し付けられ、驚いて江戸川を見れば唇に体温が触れる。噛み付くようなそれはあまりにも江戸川には似合わないキスで。


「え、どが、」


顔をそらし、どうにか名前を呼べば、顎を右手でつかまれ固定され、


「黙れ」


再び重ねられた唇。初めてだった。キスなんてそりゃ付き合っていたんだから何回かしたことがある。けれどこんなに江戸川が感情に走ったキスをするのは、初めてだった。ぬめりとした舌が私の口内を蹂躙する。息、とか、感情、とか、体温、とか。全部ドロドロに溶けて混ざり合っていくような感覚に、もしかしたらと考えてしまう。錯覚、してしまう。江戸川は私を好きなんじゃないかって。
その体温に涙が溢れ出た。それに気付いたのか、江戸川は唇を離す。


「なんで泣くんだよ」

「勘違い、しそうで、怖いし、苦しい、から」

「オレを拒絶するな」

「えどがわ……?」


ぼやけた視界で江戸川を見上げれば、意思のこもった瞳で見つめ返される。強い、まっすぐな瞳。


「オレを拒絶するな―――」


三度重なった唇。優しい、宝物に口付けるような優しいキスにまた涙が止まらなくなった。
好き。この人が、好き。たとえ叶わなくても、好きなんだ……。
震える手で江戸川のYシャツを握れば、強く抱きしめてくれて。別れるからサービスしているだけなのだろうか。そうじゃなかったら、なに?


「別れよう」

「……うん」

「分かってねーだろ」

「え?」


ぎゅう、と抱きしめられる力がさらに増して、口から吐息が漏れる。苦しい、けど。抱きしめられるなんて、初めて、で。


「オメーが好きだから、別れたい」


呼吸が、止まった。


「オメーが告白されて、思った。こんな関係のまますごすのは嫌だ」

「えどが、」

「オメーが側にいるのが当たり前になって。蘭よりオメーを失いたくなくなって。気付いたんだよ、オメーが好きだって」


だから、
江戸川は私の目を見つめ、吐き出す。


「こんな関係は終わりにして、もう一度作ろう」

「……ッ、」

「新しい関係を、一緒に始めよう」


あ、笑った。いとおしそうに、うれしそうに。


「好きです、付き合ってください」


腰を曲げて、私の視線に視線を合わせて伝えられる言葉は夢に見てきたものたちで。


「は、い……ッ」


結局は、彼は私の望むことは理解してくれていたのだ。
愛おしい、愛おしいヒト。どうか、このようやく絡み合った互いの糸が解けませんように、と。ただただそれだけを願った。




このままじゃ厭




2013/01/04


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