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翌日・放課後
授業が終わると皆一斉に帰り支度を始めた。それをぼんやりと眺めながら、私ものろのろとした動作で支度を始める。
「……はあ……」
一体何度目なのか分からない溜め息に、心の奥が更に沈んでいくのが分かる。
(……新一、まだ怒っているよね……)
(……どうしたら許してくれるかしら……)
(……とりあえず、謝りに行かないと……)
憂鬱さを感じつつも、このまま喧嘩しているのはたまらなく苦痛であった為、許してもらえるまで謝ろうと考えた。
果たして許してもらえるのだろうか、と言う微かな不安には目をつぶって。支度を終えた私は教室を出て蘭の家に向かおうとした。しかし――
「名前! 待ってたんだぜ! 今日、一緒に帰らねーか?」
教室の扉の外で待ち伏せしていたと思われる人物を見た瞬間、今度は別の意味で憂鬱な気分にならざるを得なかった。
「ゴメン、佐々木君。今日は急いでいるの。用があるから」
「そんな事言わないでさ〜。途中まででいいからさ、なっ?」
一緒に帰るだなんて、とんでもない。それこそ新一に目撃でもされたら、最早許してもらえないだろう。
「本当に急いでるの、ついて来ないで」
「いいじゃん、少しだけだからさ。大事な話もあるし」
「私に話はないから」
靴を履き替えて校舎の外に出た後も、彼はしつこく付き纏っていた。こうなったら走って逃げようかしら、などと考え始めた時、校門のところに一人の人影を捉えた。
(……あれって……、まさか!?……)
一瞬見間違いかと思ったが、校門に近づくにつれてそれは見間違いなんかじゃないと思い知らされる。
「コ、コナン、君……」
「名前姉ちゃん! 待ってたんだよ! 一緒に帰ろう!!」
その満面の笑みが何故か恐いと感じてしまった。彼の笑顔が恐いと思うなんて、恋人失格かしらなどと考えていると、不意に直ぐ横から声が聴こえた。
「あー? 何だよ、このガキは」
「あれ? もしかしてお兄ちゃん、佐々木って人? 噂には聴いてるよ! 最近名前姉ちゃんにちょっかい出してるって」
全力でこの場から逃げ出したい気持ちを堪えるのが精一杯だった私は、何か言わなければならないと分かっていても言葉が浮かんでこなかった。
「はっ! ガキには関係ねーだろ?」
「関係あるよ! だって僕、新一兄ちゃんが出掛けている間、名前姉ちゃんの事を頼まれているからさ!」
「はあ〜?」
「佐々木さんの事を新一兄ちゃんに伝えたら、新一兄ちゃんとても怒ってたよ? それで今日は新一兄ちゃんから伝言を預かって来たんだ!」
「伝言?」
二人のやり取りに私が口を挟む余地はなく、ただ黙って見守っていれば、新一はとんでもない事を言い出した。
「うん……。“名前は俺の女だ。ちょっかい出したらただじゃおかねーからな”……だって!」
「!?」
「……チッ」
“伝言”を言う新一の表情がとてもじゃないが小学生のものじゃない事に気づいて、一瞬だが背筋が凍りつく感じがした。
「それに……、名前姉ちゃんには何度も振られてるって聴いたよ? 男なら引き際を見極める事も大切なんじゃない?」
「……っく、ガキが! 生意気なんだよ!」
「わっ!」
痛いところをつかれたのか佐々木君は怒りに顔を歪め、その苛立ちをぶつけるように新一の身体を突き飛ばした。
「ッ!? 何するのよ!!」
とうとう我慢の限界を超えた私は、思いっきり彼の頬を引っ叩いた。
「なっ……!」
「あ……、名前、姉ちゃん……?」
「いい加減にしてよ! 何度言わせれば気が済むのよ! 私はアンタなんかに興味はないのよ!」
「……ッ!!」
「それに私、コナン君に暴力振るう人は絶対に許さないんだから!」
そう言いながらその場にしゃがみ込んだ私は、新一を引き寄せギュッと抱きしめた。
「私の、もう一人の恋人に暴力を振るう人はね!」
「はっ!?」
「名前姉ちゃん!?」
佐々木君は私の言った言葉が最初は呑みこめないと言った表情をしていたが、次第に理解して来たのだろう。
私の事をバカにしたような目で見つめて来た。
「はっ……。何だよ、ショタコンかよ……」
「それが何? 小さな子どもに暴力を振るう人より、全然良いと思うけど?」
「……勝手にやってろよ……」
最早それは負け惜しみにしか聴こえなかった。最後にその言葉を言い残した佐々木君が立ち去ったのを見送った後で、私は新一に向かって言った。
「帰ろっか! コナン君!」
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