ごみ箱 | ナノ

04
 
それから私と雪村千鶴は一旦部屋へ戻された。
パタン、と閉められら障子。私と雪村千鶴は向かい合っていた。
沈黙。先に口を開いたのは雪村千鶴だった。

「……あの、私、雪村千鶴と言います。お名前を伺ってもよろしいですか?」
「…………萩原、紫」

私が答えれば、雪村千鶴は「紫ちゃん」と、私の名前を紡ぐ。
彼女は真っ直ぐな目で私を見つめた。

「一緒にここから、逃げましょう」

私は何も答えなかった。ただ、ぼんやりと彼女の顔を見つめるだけで。

「私には、やるべきことがあるんです。だけど、此処にいたら殺されてしまいます」

だから、逃げましょう。
と、彼女は言った。けれども、私は黙って首を振った。雪村千鶴はそれを見てどうして、と落胆の声をあげる。

「運良く逃げられたとしても、私には、行くところがない」
「でも!」
「逃げるなら、1人で逃げてください。私は誰にも言いませんから」

どうせ逃げられないだろうけどね、と私は心の中で呟く。
彼女は戸惑いながらも立ち上がった。

「……無事を祈っています」

そう言って彼女は襖を開けた。


それから数分後、彼女はあっさりと捕まった。事情を聞くために部屋を移動することになり、何故か私も「おまえも来い」と連れて行かれた。
そして、雪村千鶴の保護が決まった後。

「で、君はどうしようか。君のことは千鶴ちゃんとは違って、新選組で保護する必要性も無いからねえ」

沖田総司が意地の悪そうな瞳で私を捉えた。
雪村千鶴が「そんな!」と声を上げる。だけれども、私自身の心は先ほどより混乱から抜け出したようで、不思議と落ち着いていた。

「殺すのなら、殺してください」
「!?」

私がそうきっぱりと答えれば、沖田総司を含め、その場にいた全員が驚愕した。

「たとえここで開放されようが、保護をされようが、私には雪村さんみたいにやるべきこともなければ、行く当てもない。だったら、此処で死んだって、構いません」

私の両親は羅刹によって殺されてしまった。もう、会うことはできない。
でも、もしかしたら。もしかしたら、私が此処で息絶えれば、また別の世界で(それがたとえ地獄だとしても)会えるかもしれない。そんな願いが、あった。
それに、このまま生きていたって、この先も未来を知っている私にはー‥辛い、だけ。

「だが、君は女子(おなご)だろう! それに若い。こんなところで命を落とさなくたって……」
「よく、考えてみてください。“アレ”がどんなもので、どんな事情があったにしろ、私にとっては貴方達は両親の敵(かたき)なんです。今はそうでなくとも、いつ敵になるかもわからない人間を生かしておくんですか?」

近藤勇の言葉を遮って言えば、その場にいた全員が黙った。沖田総司も、今回ばかりは「その通りなんだから、殺しちゃいましょうよ」なんて言わなかった(私としてはそうしてほしかったのだけれども)。

死ぬのが怖くない、と言ったら嘘になる。もしこれで死んでも、両親に会うことができなかったら、と思うとぞっとする。
けど、私はもう不可抗力とはいえ一度死んだ身なのだ。少しでも、望みがあるのなら、それにかけてみたい。

「ですが今そのように言う、ということは、貴女は私達の敵側の人間になるつもりは、ないのでしょう?」
「!」

沈黙を破ったのは、山南敬助だった。私は目を見開いて彼を見た。

「……今のところは、ですよ。これからどうなるかはわかりません」
「ですが、今は違う。なら、私達が保護してもなんの問題もありませんよね?」

彼は、笑みをより一層強くした。



20121104

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