03
おかしいとは思っていたんだ。タイムスリップならまだしも、転生して過去に行くだなんて。でもここが過去なのではなく、異世界ならば。
「おはよう、昨日はよく眠れた?」
「寝心地は、あんまり良くなかったです」
「さっき声をかけた時には君、全然起きてくれなかったけど?」
彼等の会話が右から左へと流れていく。
知っている、知っている。頭が混乱して、上手く働かない。
「からかわれているだけだ。総司はお前達の部屋には行っちゃいない」
「もう少しその子の反応を見たかったんだけどなぁ。昨日の事といい、一君も君も酷いや」
「お前ら、無駄口ばっかり叩いてんじゃねぇよ」
会話が進めば進むほど、ここは薄桜鬼の世界だという確信が強くなっていく。
此処が薄桜鬼の世界、なのならばあの時父と母を斬ったのはただの人ではなく、鬼のなりそこない、羅刹なのだろう。
「でさ、土方さん。そいつらが目撃者?」
そう口を開いたのは此処にいる男達の中では一回り体の小さい男、藤堂平助だった。
私はすっと瞼を閉じた。これから起こることなんて、見なくたってわかる。だから、できることならば耳まで塞いでしまいたかった。
「どんな奴らかと思えばまだガキじゃん、そいつら」
「お前がガキとか言うなよ、平助」
「だな。世間様から見りゃ、お前もこいつらも似た様なもんだろうよ」
永倉新八に、原田左之助。
「口さがないかたばかりで申し訳ありません。あまり、怖がらないでくださいね」
「何言ってんだ。一番怖いのはあんただろ、山南さん」
土方歳三に、山南敬助。
全部全部、知っている。
泣いてしまいそうだった。無性に父と母に会いたくて、仕方がなかった。
それから私はずっと目を閉じて話を聞いていた。
報告を聞く限り、私はどうやら父と母が斬られた後、意識を失い、羅刹が私を斬ろうとしたすんでのところで、既に雪村千鶴を捕らえた彼等が私のことを助けた、らしい。つまりは雪村千鶴を襲った羅刹と、私の父と母を斬った羅刹は、別の羅刹。
そして、薄桜鬼の主人公、雪村千鶴が誘導尋問に引っかかったところで、私は土方歳三に声をかけられた。
「それで、おまえはさっきからずっと黙っているが何か言いたいことはあんのか?」
瞼をゆっくりと開ければ、部屋にいる全員の視線が私に集まっていた。
こんな台詞は、薄桜鬼にはなかった。だからきっとこの言葉はさっきの報告と同じく、私がこの世界にいることによって作り出されたもの。
言いたいこと、言いたいこと。
いくら考えたって混乱した頭ではまともな言葉は出るはずもなく。
「……父と、母は」
ただ、そう聞いた。
羅刹に斬られたとはいえ、一撃。斬られた場所にもよるが、運が良ければ助かっているかもしれない。今頃二人とも無事で、手当てを受けていてるのかもしれない。そんな一縷の願いを込めて。
(本当はどうだなんてなんとなくわかっていたけれども、そんなの認めたくなくて)
その私の問いに答えてくれたのは、井上源三郎だった。
「残念ながら、亡くなったよ。屯所に着いた時には既に、事切れていた」
心臓がどくん、と高鳴る。
予感はしていた。けれども、声が出なくて、俯く。その場に気まずい空気が流れた。
20121104
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