my sister | ナノ




「あの、泉山先輩。このコーンってどこにしまったらいいんですか?」


時は既に6月の中旬。部活の時間、物覚えがあまり良くない私は両手にコーンを持ち、いそいそとスコアを熱心につけている泉山先輩にそう聞いた。


「……ねえ、芽衣ちゃん。マネージャー始めてもう何週間経ってると思ってるの。それくらいいい加減覚えなさいよ」


……え?
泉山先輩が私をチラリとも見ずに言った言葉に、私は一瞬耳を疑った。泉山先輩はこんなことを言う人じゃないはずだ。だから、今日もいつものように苦笑しながらも教えてくれると思っていたの、に。
そばでラリーをしていた先輩が、泉山先輩の言葉を聞いたらしく空振りをし、こちらを凝視したことがそれは真実だと告げた。


「え……いや、あの……すみません」

「良い? 芽衣ちゃん。私だって暇じゃないんだから。教えるのはこれで最後よ。なんでもかんでも私に聞けばなんとかなるって思わないでちょうだい」


泉山先輩はきちんと私にコーンをしまう場所を教えてくれた。けど、けど。
確かに泉山先輩が言っていること正論。全部、正しい。間違ったことは言っていない。だけど、いつもと違う。言葉にどこか、棘があった。
私はその時、気のせいだと無理矢理自分を思い込ませた。もしくは、たまたま泉山先輩の機嫌が悪いだけだ、と。だけど、


「あっ」


それから数十分後、テニスボールを運んでいれば、私は石のようなものにつまづき、転んでしまった。幸い大きな衝撃もなく、怪我もないようだが、籠からボールが落ち、コートに何十個ものボールが転がった。


「遠藤、大丈夫か?」

「気をつけろよな」


そばにいた部員の何人かがボールを幾つか拾い、籠に戻してくれた。私は申し訳なくて、恥ずかしくて「すみません」と謝った。けど、


「ちょっと芽衣ちゃん何やってるのよ!」


最初、その叱るような声が一体誰のものかわからなかった。だけど、その声の主が近づき、その姿が見えてようやく声の主が泉山先輩であることに気づく。


「芽衣ちゃんは不注意すぎなのよ。マネージャーは選手をサポートしなくちゃいけないのに邪魔してどうするの!! もっと真面目にやって!」


泉山先輩が口早に眉を寄せてそう言う姿に私は開いた口が塞がらなかった。それは、他の部員達も同じ。
てっきり、泉山先輩は「大丈夫? 今度からは気をつけてね」なんて言いながらも、手伝ってくれると思っていたのに。なのに、泉山先輩はその綺麗な顔を歪ませて私を睨んでいる。


「泉山、いくらなんでも言いす「真田は黙ってて。これはマネージャーの問題なんだから!」」


泉山先輩がここまで声を荒げるのを見たのは初めてだった。他の部員達も、何も言えずにただこちらを見つめている。


「大体、芽衣ちゃんは人に頼りすぎなのよ。一人じゃなんにもできないじゃない。それに何か失敗したってごめんなさい、ばっかり。それで同じ失敗を何度も繰り返すんだから、何も学習してないじゃない。謝ればいいってもんじゃないのよ」


怖かった。動けなかった。私の目の前にいる人は、誰? 私はこんな人、知らない。
泉山先輩は言うだけ言うと、呆然としている私なんかには目もくれずに自分の仕事を再開した。


「……気にしないでください、遠藤さん。泉山さんはきっと少し機嫌が悪いだけでしょうから」


柳生先輩が私を励ますようにボールを一つ、籠に戻しながら言った。
本当に、そうだったらいいんだけど。もしかしたら、嫌われた?
私はつい涙が出そうになった眼をジャージの袖で擦りながら柳生先輩に「ありがとうございます」とお礼を言った。
明日には、泉山先輩がもとに戻っていることを願うしかなかった。



2011/12/02
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