my sister | ナノ



今日は泉山先輩が珍しく体調が悪いらしく、休みだった。今まで二人でやっていたマネージャーの仕事を一人でやるのは大変だけど今日一日なんだし、と思い頑張った。結果、部員の助けもあり、なんとかなっているのだ。が、
頼まれた記録用紙を取りに行こうと部室に入り、部屋を漁っていた時のことだった。

突然、背後でカサ、という何かが動いた音が耳に入る。嫌な予感がしてたまらなかった。と、いうかとある一つの予測がたってしまった。だけど、私はそれ信じたくなくて。
風か何かだろう、と思い込むがもう一度したカサ、という音に私は大きく肩を震わした。勿論、その時当然、風など吹いているわけがなく。
意を決して音の方へ振り向けば、床に這いつくばっていたのは黒くて、小さくて、嫌な動きをする、G。人類の、天敵。


「いやああぁあああっっっ!!!」


自分でも驚くほどのこの世のものとは思えない断末魔の叫びをあげ、で今までにないほどの速さで部室から逃げ、勢いよくバン、とドアを閉めた。
私は基本、女子にしては虫は平気なほうだが、ヤツだけは駄目だ。昔、ゴキブリが3匹、行進していたのを偶然見てしまった時からトラウマである。

私の叫びを聞きつけたのか、何人かの部員がこちらに向かってくるのが見えた。


「遠藤、どうした!!」


真田先輩が駆けつけてくれた。


「せ、先輩!! 部室に!」

「遠藤、落ちつけ。何があった?」

「ご、ゴキブリがぁっ!!」


自分でも情けないとは思う。顔から火が出るほど恥ずかしい。だけど、駄目なものは駄目である。
口をひきつらせる何人かの部員達。


「たるんどる! ゴキブリごときに恐れてどうするのだ!」

「無理ですむりムリムリ」


ゴキブリ退治なんて死んでもやりたくない私は必死に真田先輩、なんとかしてください、と泣きつけば真田先輩は「今回だけだぞ」と渋々承諾してくれた。真田先輩は、みんなが見守る中、どこからか取り出した丸めた新聞紙を片手にそっと部室のドアを開けた。

普通ならば。普通ならば、この時点でまだ部室にゴキブリが同じ場所に止まっている、というのはおかしいだろう。だが、ゴキブリは何故かドアを開けた目の前にいた。


「ああ! 俺の食べかけのポッキーが!!」


そう、多分原因は床に落ちている丸井先輩のポッキー。ゴキブリがポッキーを食べているのか知らないが、ともかく奴はそこにいた。
だが、真田先輩はそんなことはおかまいなしに新聞紙を振り上げ剣道のごとく振り下ろした。は、いいが。


「せ、先輩! 飛びました! そっち!!」


なに飛んでるんだよえ、ちょっとこっち来ないでくださいいやムリムリ。

逃げ回るゴキブリに奮闘する真田先輩。
そんな努力も虚しく、ゴキブリは部室のドアから逃げていってしまった。……気分は悪いが、まあ、追い出せただけよしとしよう。

そうホッとしたのはつかの間、急に寒気がして私は肩を振るわせた。
恐る恐る後ろを振り向けば、恐ろしいほどの笑みを浮かべた幸村先輩が仁王立ちしていた。
つう、と冷たい汗が頬を伝う。


「……ねえ、ゴキブリごときで何やってるの? そろそろ練習に戻ってもいいんじゃないかな? マネージャーも、仕事」


初めて幸村部長を恐ろしいと思った瞬間だった。



2011/10/25
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