私は前世の記憶を持っている。死ぬ直前のことはよく覚えていない。
交通事故だったような気がしないでもないが、確信はない。まあ今さらそんなことを知ったってどうかなるわけでもないし、知る術もないのだからそれはどうでもいいのだけれども。

ここが、私が前世で愛読していた“テニスの王子様”の世界だと気づいたのはいつだったか。気づけば親の意向で氷帝に通うことになっていて、嬉しいような悲しいような複雑な感情が胸を渦巻いた。
最初はずっと大好きだった彼等を見ることができて感動して興奮した。だけれども彼等を現実という実感のある世界で身近で見ていくうちに、私は漫画では殆ど描かれることのなかった中学生らしさ、つまりは見たくはなかった部分を見てしまった。

友達の悪口を言う彼等。ふざけてクラスメートに迷惑をかける彼等。迷惑をかけたのに謝らない彼等。お礼も言えない彼等。

よく聞くファンクラブなんてものもせいぜい跡部のがあるくらいで(とは言え皆女子から「キャーかっこいい!!」と言われるくらいの存在ではあるが)。
紙面上のキャラクターでしかなかった彼等が、現実味を帯びていくー‥。
それだけなら、まだよかった。


「おい沙帆、おせーぞ」


支度を終えテニスコートへと向えば跡部に声をかけられた。
「ああ、ごめん。掃除で」と、言えば彼は「そうか」と答えた。

何を隠そう、私は男子テニス部のマネージャーである。氷帝に入学して約一ヶ月、半ば強制的に入部させられた(当時は満更でもなかったけれど)。
そして私は後にレギュラーとなる人達、つまりは“テニスの王子様”のキャラに多大なる好意を寄せられた。その結果、私は何時の間にかレギュラー専属マネにさせられた。

そして、いつだったか、私は彼等から自分へと寄せられる好意が異常であることに気がついた。
平部員は何ともないのに、女子からは寧ろ嫌われ始めているのに、どんなにぞんざいに扱ったって、彼等は私を嫌いにならなかった。決して、自惚れなんかじゃない。どう考えたって、これは、
ふと前世で少しかじった夢小説を思い出した。その中で、逆ハー設定、若くは逆ハー補正なるものがあった。私には、そんなものがかかっているのではないか、と私は考えた。
そんな非科学的な、でも、私が此処にいる時点でそんなこと言ってられなかった。


「沙帆! 俺にドリンクくれよ!」

「こっちにボール持ってきてくれ、沙帆!」

「沙帆!」

「沙帆!」

「沙帆!」


向日が、宍戸が、ジローが、跡部が、忍足が、私を呼ぶ。
全てが偽物に見えて仕方がなかった。



2012/05/19



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