西の空に陽が落ちつつある。橙の空は麗しく、辺りを赤く染めた。
賑やかな商店街を二人で並んで歩いているのは、少し前の自分たちからしたらおかしい光景かもしれない。仕方ない。帰る時間も、帰る場所も一緒なのだから。最初は違和感も、何だか分からないイライラがあったのだが今はさっぱり消え去っていた。慣れというのは恐ろしい。しかし、会話もせずとも息苦しさを感じないのも不思議だった。並んでいるだけで安堵感がある。隣を歩ける相手が居る事、それがとても幸せな事だと思った。頭に虫でも湧いたか、と少し冷静になった所で彼は足を止める。

「風介」

不意に、晴矢が呼ぶ。ん、と簡単な返事をしてやると晴矢は指をある場所へと指した。パン屋と駐輪場に挟まれた小さなたい焼き屋である。ふんわりと、パンの匂いとかりかりに焼かれた小麦の匂いが漂ってくる。よく嗅ぎ分ければ小豆とカスタードの香りも含まれていた。

「食べたいのか」
「悪い?」

晴矢は首を傾げ、風介に問い掛けた。立ち止まったせいで後ろから来た自転車にベルを鳴らされて、慌てて道の端に寄る。人にぶつかりそうになって動く、その自転車に殺意を抱きながら風介は舌打ちをしたが、晴矢はたい焼き屋をじっと見つめていた。部活終わりでいつも腹が減っているのは知っている。それでたい焼き屋を見つめたまま、そこを通り過ぎるのも風介は知っていた。
帰れば夕飯が待っているというのに、全く。そう思いつつも風介は鞄に入れた財布の中を確認した。本当に、自分は晴矢に弱い。晴矢の腕を引いてたい焼き屋の前まで連れて行く。主婦らしき女性と学校帰りの高校生の後ろに並んで、垂れ下がったお品書きを見せた。何が良い、と聞くと彼は餡子と呟く。
高校生が店から離れた後に、風介は体を乗り出してくる店員に餡子とカスタードを頼んだ。店員はすぐに袋にそれを分けて渡してくれる。財布から小銭を出して渡せば、野太い声で礼を言われた。
餡子のたい焼きを晴矢に差し出すと、彼は恥ずかしそうにそれを受け取る。

「なあ」
「うん?」
「ありがとう」
「後で返せよ、120円」
「分かってるよ」

熱いそれを歯で引きずりだし、皮をちぎる。かりっとした歯応え。それとふわふわした中にカスタードの甘味が口に広がる。皮の端々に中身が詰まっていてずっしりしている。
風介は甘いものが好きだ。運動した後は特に糖分が欲しくなる。卵の黄身と牛乳の甘さがとろけた上品なカスタードと、ちょっと焦げ付き苦味のある生地は丁度良い糖分補給をさせてくれた。クリームが溢れ出て地面に落ちるのを気をつけながら食んでいくと、晴矢が隣でうめー、と声を上げた。口の端に小豆の破片がついている。それはあえて指摘しなかった。家に帰った時、買い食いをしたとウルビダに怒られるといい。その様子を想像して、風介は心の中でほくそ笑んだ。ちゅう、と零れ出たカスタードを吸う。

「風介ぇ」
「ん」
「一口」
「ああ」

口を開けた晴矢にたい焼きを近づけた。あー、と大きく開いた歯が、ん、でたい焼きを噛みちぎる。とろーんと晴矢の顔が柔らかくなった。

「あっ、おまっお前! 食べ過ぎだろう!」
「一口は一口だし。何なら俺もやるからよ」

差し出された餡子の溢れそうなそれを、晴矢に負けず劣らずの大口で食べた。今度は、晴矢が悲鳴を上げる番だった。

「一口は一口だ」
「半分! 半分も食べやがった……」

風介は自分のたい焼きを口に押し込む。これで相手は仕返しができないだろう。こってりとしたクリームが喉に絡む。

「あーおいしかった」
「半分……半分だぞ、半分」
「わたしの金だしな」
「後で返すっつってるのに」
「わたしの金で買った。これは事実だよ」
「うー食べ物の恨みは恐ろしいんだぞ!」
「食い意地の張った奴め」

まあ、そんな君がわたしは好きなのだけれど。
そう口に出しそうになって、風介は頭を押さえた。本当に、頭に何か湧いたのではないか。自分は最近、本当に、ほんっとうに晴矢に甘い。
晴矢はぎゃあぎゃあ喚きつつも、家が見えてきた所で静かになった。買い食いした事を悟られてはいけないからだ。
玄関の扉を開く。待っていたのは、ウルビダと同じ地位に居ると言っても過言ではないヒロトだった。彼は靴磨きをしていたようで見上げながら、二人に微笑んだ。

「おかえり」
「ただいま」
「遅かったね」
「まあな」

靴を脱いで、ちゃんと揃える。靴を揃えないと、怒られるからだ。重いバッグを持ち上げてヒロトを横切った所で、胸を撫で下ろす。

「ねえ」

ヒロトが何気なく呟く。晴矢と同時に彼に振り向くと、にっこりと微笑んだ表情で――

「二人とも、仲良く口の端に何つけてるの?」

固まった。沈黙。
風介は思わず彼を見た。
相手も同じ魂胆だったのか、盲点だった!

「ウルビダー! 晴矢と風介買い食いしてきたー!」
「ちょっヒロト、やめてぇえええ!」



「はい」
「たい焼きの代金?」
「うん」
「20円足りない」
「お前四分の一食べたし……」
「120円だ。全額返すのが当たり前」
「風介のけちー!」





毎日まいにち僕らは








仙太様からのリクエストで「仲良しなバンガゼ」です。バンガゼではなく、南+涼風味です…。ご希望に沿えていなくてすみません…。
仲良しな二人というと、引き抜き後かな→雷門中生は買い食いとかOKなんだよな→それだ! という事で、たいやき君を食べさせてみました。中学生の日常っぽい二人で、奢ったりとかお金の立替とかやっていそうだな。休日とか(意識せずに)デートとかしたりして、何かと一緒な二人だと可愛いな。
タイトルは、有名な「およげたいやき君」より。結構のんびりした感じで。
仙太様、リクエストありがとうございます! 宜しければ、たい焼きと一緒にお召し上がり下さいませ。

2010.03.23 初出


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