揺れる心(土沖←銀)/咲阪優季(1)
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くぁー、と欠伸をしている少年がいる。
家には二人きり。
本来いるはずである、同居人のチャイナ娘と眼鏡少年は今、眼鏡少年の家に泊まりがけで遊びに行っているので居ない。
ところで、何故こんなところに、この少年がいて、欠伸をしているのか。
それを説明するには少し時を遡って話す必要がある。
今から約30分前。
銀髪の男、坂田銀時は仕事もなく暇だったので外をぶらぶら歩いていた。
「はぁー…」
最近仕事あんまないから金入んないんだよな。
あー、パフェくいてー。
パフェは無理でもせめて沖田君に会えないかなー。
などとぼやきながら。
すると、川沿いを歩いていたある時、ちらりと橋の下を見ると、この栗色の髪の少年、沖田総悟が居眠りをしているではないか。
ラッキーというか、できすぎた話というか…。
神様に感謝しつつ、少年に近寄り、声をかけた。
「居眠り?また仕事さぼってんの?」
そう聞くと沖田はアイマスクをずらして、瞳をこちらにむけた。
「何でィ、旦那か。てっきり土方さんが俺を怒鳴りにきたのかと」
「へえ、俺じゃ不服?」
「そんなこと言ってやせん」
よっこいせと体を起こして沖田が返す。
「はぁー、つか旦那に見つかったって事は、ここは意外と見つかりやすいって事ですかねィ?」
アイマスクをポケットに突っ込んで、彼はうーん、と伸びをした。
あのね、見つかりやすいんじゃなくて、俺が探してたから見つかったわけ。
そう言ってやりたかったが何となく負けた気分になるのでやめておいた。
そして
「見つかりやすいんじゃね?意外と。場所変えた方がいいんじゃない?」
と思ってもない一言。
そして
「あ、いっそ俺ん家来る?絶対見つからないよ、奴には」
なんて冗談半分で言ったのだった。
すると、沖田はひょこひょこついてきた。
自分で言うのもあれだが、あのニコチン野郎に似ているせいか、彼にはそこそこ気に入られているらしい。
まぁ、そういう経緯で今家に少年がいるわけだが、冒頭で言ったようにさっきから欠伸を連発している。
「じゃあ、俺ァ寝ますねィ」
ソファーに横になって、アイマスクを取り出す。
「沖田君」
声をかけると瞳をこちらにむけた。その瞳はとろんとしていてすごく眠そうだ。
だが、俺は話し続けた。
「何で沖田君はサボる=寝るなの?他にもサボるっつったら色々やることあるっしょ。甘味屋行くとか、色気ムンムンのお姉さんといいことするとか」
いわゆる、睡眠欲以外の欲。
「興味ないんで。つか、それは旦那のしたいことじゃねえんですか」
「いや、俺は色気ムンムンのお姉さんとより沖田君とがいいなー」
「は?何言ってんですかィ旦那」
「俺は沖田君が好きなんだよ、あれ、知らなかったわけ?」
言うと驚いた顔をしている。
まあ、そりゃそうか。
ああ、くそ…っ、可愛い表情すんなって。
「そんなの、知るわけありやせん。え、ってか冗談ですよねィ?」
「はぁー…鈍いにも程があるっての…、まぁ、知ってたら普通ついてこないけど」
ソファーに寝ている沖田の上に覆い被さって、銀時は笑った。
「こういうことされるって予想、つくからさ」
口元は弧を描いている。
沖田は、はぁ、とため息を一つ。
「旦那…面白くない冗談はよしてくだせェ。それと、俺にはそっちの気はありやせんぜ?」
「嘘だね。沖田君がアイツの事好きなのは知ってるよ?てか、君達もうすでにそういう関係なっちゃってるっしょ、ただの上司と部下って関係じゃないよね」
アイツというのは土方のこと。
そういう関係というのは、恋人ということ。
実際は銀時の言ったことはただの予想だったのだが、意外と内面が弱いこの少年。
ちょっと揺すれば簡単にボロを出すだろう。
というか、今もうすでに顔がひきつっている。
図星ということか。
彼は大抵の事はポーカーフェイスで通せるようだがアイツの事となるとすぐボロがでる。
どんだけ好きなんだよ。
つーか、予想あたったのか。
ああもう…悔しいなコノヤロー。
「図星なんだ?」
「ち…違いまさァ!!俺は土方さんとは別に恋人なんかじゃありやせん!!」
真っ赤になって返してる時点でばれてるからね。
つか、土方むかつくんですけど。
愛されすぎだろ。
普段はポーカーフェイスなこの子が真っ赤。
「ふぅーん。俺さ、別にアイツってのが土方とも、沖田君がそいつと恋人だとも言ってないんだけど?」
しまったという顔をして沖田は青ざめた。
だが、すぐに調子を取り戻し、銀時を睨み付けた。
「このこと、黙っててくだせェ…。さもないとアンタを殺りにいきまさァ」
「うっわ、こえーな沖田君。そりゃ黙っててあげるよ?だからさ、一晩だけ俺に付き合ってよ。心はもうアイツのなんでしょ?だからさ、身体だけでいいから俺にちょうだい」
悔しい。
どうして俺じゃなくてアイツなわけ?
俺がこんなやつだからだけど。
「絶対嫌でさ。…ていうか旦那がそんな事言う人だったなんて、失望しやした」
失望か、予測してた答えだけど結構きついなー。
思うが、銀時は表情には出さず、冗談のような笑みを浮かべたまま沖田を見ていた。
「失望されちゃった?あー…ショックだなー。まぁでもそういう事言うなら仕方ない。無理矢理犯すから」
「はあ!!?正気ですかィ旦那!!てか、何でそうなるんでィ、素直に諦めなせェ!!」
「あのねー、諦められるなら最初っから男にせまったりなんてしないからね。つか、諦められるレベルなら黙ってるでしょ普通。ひかれるのがオチだしさ。沖田君だって自分の気持ちに気付いた時、諦めようとしたでしょ?でも無理で、苦しんで苦しんで、その結果、偶然好き合ってた。だから今、秘密とはいえ恋人同士、そうでしょ?」
銀時のその言葉には、とても言い返すことはできなかった。
土方さんにもしも嫌われていたら、気持ち悪いと思われていたら、拒否されていたら。
自分も、旦那と同じ行動をとったかもしれない。
同情の少し混ざった、悲しい目で銀時を見る。
「ちょ…別に俺は同情してほしいわけじゃないから。同情するぐらいならさ、今だけアイツのこと忘れて俺だけを見て」
沖田は真っ直ぐに瞳を見つめられる。
「それは無理でさ…。てか、さっきよりさりげなくハードル上がってません?」
ひきつった笑みで沖田は言う。
ごめんな、困らせて。
でも二人っきりになる機会なんてそうないからどうしても言いたかった。
もうこれ以上、困らせるのはやめよう。
君の身体だけでいいから欲しいなんて本当は嘘。
本当は心が欲しい。
身体なんて、別に欲しい訳じゃない。
だからさ、あんな風に言ったけど、嫌がる君を無理矢理犯す気なんて、本当は微塵もないんだよね。
ただ、何でもいいからこっちを見て欲しいんだよ。
銀時は沖田の上から降りると向かいのソファーにどかっと座った。
沖田も体を起こし銀時を見る。
そして、立ち上がると、帰る支度を始めた。
といっても何も持ってきていないので脱いでいた上着を羽織っただけだが。
「お、俺もう今日は帰りやすね…、いきなりお邪魔してすいやせんでした」
「え…あー、うん」
当たり前、か。
そりゃ気まずいし帰るよな。
ぺこりとお辞儀をして沖田は背中を向けた。
どうでもいいけど、君ってたまーに行儀いいよね。
普段は滅茶苦茶な行動、常識外れな行動とってるのに。
銀時も立ち上がり、沖田の後ろ姿を見た。
遠くなる背中。
俺の気持ちを知ってしまったからもう君はなついてくれないかな。
哀しい。
自分の気持ちは伝わらなかった、いや、違う。
伝わったけど困らせただけ。
黙ってた方がよかったかな。
言わなければ、困らせなかったしね。
ごめん。
玄関まで行ったところで沖田はふりむいた。
「旦那、ありがとうございました」
その言葉が永遠のさようならに聞こえるのはどうして。
「待、てよ」
何も考えずに、俺は沖田君を追っていて、気づいた時には後ろから抱き止めていた。
「…何ですかィ」
抑揚のない声音で返される。
「悪い…沖田君がやっぱ好きだわ」
ごめん、わかってる。
君に大切な人がいることぐらい。
でも、愛しくて、触れたくて、少しでも長く一緒にいたくて。
「知ってやす。さっきも聞きやしたよ。でも、すいやせん…俺ァ…」
うん、わかってる。だから…だけど……。
「少しだけこうさせて」
長い長い時間に感じられた。
でも実際は抱き締めていたのはたった数十秒ほど。
ぎゅっと、
腕に力を込める。
「…っ」
息をつめたのがわかった。
「あ…ごめんごめん苦しかったよねー
」
ぱっと手を離すと腕の中から彼は逃げていった。
何かを言おうと口を開いたが、その先は言わせない。
「だ…」
「じゃあね、沖田君」
ひらひらと手を振ると何かを言いかけた口をつぐみ、彼は階段をかけ降りていった。
今日の天気は晴れ。
明るくて遠くまではっきり見える。沖田君が走りさっていくのも。
沖田君が見えなくなったとたん、丁度雲が太陽を隠して辺りは薄暗くなった。
「すっげ…俺の心そのまま」
ははっ、と情けなく笑って銀時は万事屋へと踵をかえした。
「はぁ…っ、は…っ」
息が切れても気にしないで走り続けた。
どれぐらい走ったのだろう。
元々いた川原なんてずっと前に通りすぎて、ここは見慣れない町並み。
なんで走ってるのかももうわからない。
着いたのは、人気のない小さな空き地。
端には大きな木が一本。
後は茶色い砂の世界。
俺はその木の裏側にずるずると力なく倒れ込んだ。
もう、訳がわからない。
頭は真っ白。
旦那に想われてるなんて知らなかった。
アイツとの関係がバレてるなんて気付かなかった。
「はぁー…」
色んなものをはきだすみたいに大きなため息をついた。
もう、どうしたらいいかわからない。
これから、旦那にどう接したらいい?
というか…何で俺ァ男とばっかこんなに色恋沙汰があるんでィ。
いや…男同士だったら色恋沙汰って言わないか?
いやいや、今はそんなことどうでもいい。
今一番の問題は…
「何で、旦那に抱きしめられてあんな気持ちになったんでィ、俺ァ…」
やっぱり好きだ、と言って抱きしめられた。
愛を与えられて、不覚にも胸が切なくなって、一瞬、あぁ、この人になら堕ちてもいいかも、なんて。
俺は一体誰が好きなんでィ。
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