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ドーバー海峡を挟み、ユーロトンネルで繋がった二国、すなわちフランスとイギリスは、千年をこすような長い仲だった。
仲といっても、それという愛情表現はとっくの昔に捨て去り、2000年を越した今では、100年の喧嘩をしたほど、互いの仲が悪くなっていた。
だが、いくら仲が悪いと言っても、相手を潰すことは、決してなかった。
それはケンカ仲間を無くしたくない故か、そこに最初から何か温かいものが芽生えていたのかは、確かではない。
ただわかるのは、お互いに国で、消える喜びも苦しみも、国民の悲劇的な顔も、彼らは知っていた。
それだけの長い時間を生きてきた、ということだ。国の消滅を知っていたのだ。


彼等は第二次世界大戦後、よく互いに家を訪れ合っていた。
やっと世界も平和への意識を持ち始めた時期だ。
二人は、酒をのみながら、以前自分の身にあった喜びや悲しみを語り合った。
そして二人はいつしか、愛を囁き合う仲にまで成長した。
若干イギリスの愛は内に隠しているものもあり、フランスの愛は表に出し過ぎている面がった。
それゆえに、やはりケンカは終わることを知らなかった。
おそらくは、人種と個人の意識や意見の食い違いで。

最初はケンカはするが、とても幸せな恋人達であった。
贈り物を送ったり、よく会い、電話やメールで頻繁に連絡を取っていた。去年の夏の話だ。
フランスの誕生日にイギリスは夜、日付が変わってからすぐにメールを送ることができなかった。
翌日の朝、フランスのもとに嬉しい誕生日メールが届いた。
フランスは、とても喜んだ。
それが永久表すものであったからだ。
国は長い間、生き死にゆく人々を見てきた。
それが苦痛となり、自分のこの長い時が、早く終わらないかと、願う反面、平和がずっと続いていくようにと、思いだしていたのだ。

それは互いに同じ事だった。
第一、ずっと一緒にいようと初めに言い出したのは、あのイギリスであったのだ。
そして、初めてキスやハグなどの行動に出たのもイギリスであった。
まずフランスの膝に乗り、からだを触り、ハグをする。
そしてチュッと、口付けをする。いつものパターン。
それが何十分も続いたら、もうフランスはイギリスという名の愛の底無し沼にはまっていた。
そしてフランスは甘い甘い、互いの舌を味わうキスをする。
本当に甘すぎてとろけそうな日々を、送っていた。
だがその時からもう、この愛は終わりを知らせていた。
…フランスはイギリスに愛という幻想を見てしまっていた。
「お前自体が好きだ。だから、嫌いになんてなれない」
そんな霧のような言葉を掴もうとして。
大切に。より大胆に。




「なぁアーサー」


「なんだ?」



「俺のこと、どう思ってるの?お前…」



イギリスは一瞬戸惑った様子を見せ、おもい唇を開き、こういう。





「好きだけど嫌い」





休日の昼時、その話は始まった。
空は別れなんて告げないくらいの晴天だ。
ロンドンの街が輝いて見えるくらいに。




「アーサー…、それはどういう意味…?」



「そのまんまだよ」




好きだけど、嫌い。
何が嫌いかって?お前のその過保護なとことか…俺、監視されてるみてぇだ。
だからさ、そろそろ別れようぜ俺達。
恋人じゃなくって、親友…とかにさ。お前のことは、好きだから。




そうだ、フランスが昔恐れていたものは、まさしくそこであった。
愛はゆっくりと深まるか、急速に温まり、冷めるか。
それのどちらかでできていた。

フランスはイギリスの根の優しさに惚れていた。
チラチラと見え隠れするその光は、とてつもなくフランスには魅力的に見えた。
そして救いだった。
過去の自分を忘れさせるくらい、強い光。

昔はあいつが可憐な百合を折ってしまってから、彼はその心の穴を埋めるようにウロウロと世をさまよっていた。
そして、それをとめたのもこいつだった。
コイツなら、大丈夫だと思った。
そして離れたくないと思った。
大切に大切に、育んでいった。
つもりであった。

掴もうとしても、光は決して掴めない。





「親友…?」





いつもはよくまわる口が、思わず震えて開かないほどに。
上唇と下唇の先端が、わずかな確率で合わさるように。
フランスは信じられなかったし、必死であった。
そしてフランスは、その神が定めた運命を、恨むのだ。



神様は、不公平だ。



彼のためなら死んでもいいと。そうフランスは誓っていた。
それが、今はどうだろう。
そのフランスの願いは、本人によって流れを遮られた。
フランスが山ならば、川は愛で、海は彼であるのだろう。
川の水は干からびることをまだ知らないのに、海への流れ口でせき止められてしまった。





「ああ、ごめんな」





「いや…」






実際反省しているのはフランスもイギリスも同じだった。
イギリスは乱暴で本音を隠していたし、フランスはそんなイギリスに愛を送りすぎていた。
当然の結果だ。



二人は静かな時間を過ごした。
イギリスの入れた紅茶と糞不味い菓子を、テーブルで囲んで。
もうイギリスの入れたこのお気に入りの紅茶を、二人っきりで楽しむのは、これが最後かもしれないと、フランスは思った。




「もう、キスもできないのね」




カラン。と、ニ杯目の紅茶に角砂糖が一つ、落ちた。
彼はもう一つ入れると、角砂糖の入った容器の蓋を閉めた。




「…そうだな」




しばらくの沈黙が流れる。部屋がいきなり暗くなる。雲が出てきた。
ロンドンの天気は変わりやすい。彼の心は、いつも、複雑なのだ。




「抱き締めたり、愛してるって言うことさえ、できなくなるのな…」




そういえば、別れはいつも突然だった。
イギリスも、フランスも。
チンチクリンの坊ちゃんは、いつの間にか大英帝国とも呼ばれるような国になり、フランスのおもいを抱いた少女は灰になった。
イギリスが可愛がっていたアメリカも独立を果たし、世界は200もの賑やかな国たちに、包まれるようになった。
別れを惜しんでないというと、嘘になる。
勿論悲しいときは泣いた。
一晩中泣いたときだって、ある。
でも俺達は国だった。
支える人は多く、少なかった。


そういえば、アーティーって呼ぶなって、言われたことも、あったな。
だから今は、アーサー。いや、もうイギリス、かな。




「……」




本当に坊ちゃんはずっとチンチクリンらしい。
そして俺はワガママな大人だなぁ。と、フランスはしみじみ感じた。




「戻れない、か」




ずるいよ坊ちゃん。お兄さんをここまで本気にさせて、別れようなんて。




「…ごめんな」



「アーサー、お前が気にする事はない。ああ、アーサーじゃなかったね。イギリス」


きっとこれは俺達国がうまれるまえから、ずっと決まっていた事なんだよ、坊ちゃん。
国はケンカをして、仲直りをして、平和ができ、忘れていた人間の何かを取り戻してしまった。
温かい何か。
それはとっても厄介だ。
あの木の実を食べてしまった男女のように、厄介なんだ。
神はそれを嫌っているから。
神はそう、決めてしまったんだ。
俺達は、それが罪だって。





今更、まだお前を愛してるなんて言葉は、喉に詰まって、でることはない。
身体だけの関係も、偽りの愛でも、俺はお前に触れられればいいんだ。
なんてフランスには言えなかった。
イギリスが、そんな関係を許す訳がなかったから。




イギリスとフランスは似ている。
相手を気遣うところ、思いやり。
だけどそれは似ていて、正反対であった。
恋人という存在では、やりきれない、そんな存在。




「アーサー、ありがとうね、こんな俺を好きになってくれて。あと、ごめんね」




もうその頃には、外は雨になっていた。





「こっちこそ、ごめんな…」






あとは、この雨が止むことを願って。










「メルシー」









どうか、あたたかい春が来ますように。




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