夏休みのうち一週間は、沖縄に住んでいるばあちゃんの家に行くことになっている。今年も例にもれず沖縄なうである。
 真夏の沖縄は死ぬほど暑いけど、鋭い日差しにきらめく海は、透明な青がまぶしくてまるで夢みたいに綺麗だ。
 縁側でごろごろうちなーたいむを過ごしながらそう考えていると、無性に海に行きたくなった。幸いすぐ近くに海がある。
 思い立ったが吉日と、縁側から立ち上がる。
「ばあちゃん、海に行ってくるね!」
「はい、気をつけて行くんだよ」
 日焼け止めをしっかり塗って、ばあちゃんが貸してくれた大きな麦わら帽子を被る。ばあちゃんが飼っている犬のティーダも連れていこう。
 リードを片手に玄関から続くなだらかな坂を降りれば、すぐに浜辺が広がった。
 つま先で水を蹴りながら、波打ち際を歩く。ティーダの金色の美しい毛並みが、日差しを受けてきらきらと綺麗だ。
「あっ!」
 麦わら帽子が風にさらわれて、光る水面に落ちた。ばあちゃんが貸してくれた麦わら帽子だ。沖に流されてしまう前に取りに行かないと。
 中学に入る前に辞めてしまったけれど、スイミングスクールに通っていたから泳ぎには少し自信がある。バタフライだってできるよ。
 幸い、袖のない服にショートパンツを着ているから、泳ぎの邪魔にはならないだろう。
 流されないようにサンダルを波打ち際から遠くに置いて、ティーダのリードは大きな流木に結んだ。
 ざぶざぶと水音を上げながら進む。膝の深さになったあたりで歩きづらくなった。思いきって水に飛び込む。冷たくて気持ちがいい。
 海水は目に染みて痛いから、ゴーグルがない今は水に顔をつけられない。顔をつけない平泳ぎで進んだ。
 麦わら帽子を掴んで、身体の力を抜いて仰向けのまま水面に浮かぶ。麦わら帽子をお腹に乗せると、ぷかりと水面を漂いながら太陽を見上げた。まぶしい。夏だなあ。
 しばらく波に身を任せて浮かんだあと、身体を反転させて平泳ぎの体勢に戻す。手で水を掻いてキックをひとつ。
「っ、」
 ふくらはぎが誰かに強く握られているように痛い。やばい、足つった。
 慌てて底に足をつけようとしたけど、届かなくて焦る。思ったより深い場所にいるらしい。やばいどうしよう。
 もがく腕で水面が激しく波打つ。水に浮き沈みする耳に、普段はまったく吠えないティーダの鳴き声が聞こえた。
 ああもうだめかも、と思った瞬間、強く腕を引っ張られた。浮いていたつま先が底に触れて、やっと顔が空気に触れた。慌てて息を吸う。
 ぼんやり濡れた視界で前を見ると、帽子を被った男の人。この人が助けてくれたのか。
「あ、」
 感謝を口にする前に腕を引かれて、浜辺に向かう。引っ張られるままゆっくり進んだ。
 十分浅くなって立ち上がった途端、どっと疲れが押し寄せた。
「い、生きてる……!」
 砂浜に座り込んで、何度も呼吸を繰り返した。