07

 午前中は簡単な打ち合いやサーブ練習だけだから、これと言って仕事はない。
 けれど、熱心に練習をしている側で手持ちぶさたに突っ立っているのは何だか気が引ける。
 なにか仕事はないかとコートを見回していると円に呼ばれて、今のうちに午後の休憩時間に配るドリンクを作ることになった。
 円に教えてもらいながらドリンクを作る。特に難しい作業ではなかったから、これなら明日は一人でも大丈夫そうだ。
 作ったドリンクを学校ごとに色分けしたボトルに入れて、冷蔵庫にしまった。
「これ終わったら何すればいーかな」
 ボトルと一緒に配るタオルも円と一緒に畳みながら、できることはないかと聞く。円の手伝いのために来たのに、やることがないなんて。まだなにも力になれていない。
「んー、午前中は特にすることないんだよね。あ、みんなに声かけとかする? ファイトー、ナイッサーとか」
 いい案だとばかりに、円がいたずらっぽく笑う。
「絶対やだ、無理」
 まだまともに話したこともない人ばかりなのに、それは少しハードルが高すぎる。それに私の柄じゃない。
「それじゃあ、怪我人が出たら手当てする感じで、それまではゆっくりしてればいーよ! いい天気だし!」
「……うん、そうする」
 その代わり午後は頑張ろうと決めて、円の言葉に頷いた。
 畳み終わったタオルを机の上に四つの山で積んで、円と手を降って別れた。青学のコートに向かう。
 中途半端な知り合いに囲まれるよりも、知らない人ばかりのほうが逆に気楽でいいことに気付いた。しばらくは青学のコートに入り浸ろう。どうせ仕事もない。
 木陰で怪我人に備えながら、円から貰っていた紙と練習中の青学メンバーを見比べる。頭の形が卵みたいなのが副部長の大石君、眼鏡にノートが乾君か。
 他のメンバーもなかなか個性的で分かりやすい。円が書いてくれたメンバーの特徴が的確なのもあって、すぐに覚えられそうだ。
 円がドジをしないかちらりと隣コートをチェックしつつ練習を眺めていると、ノートを片手にきらりと光る眼鏡で乾君が近付いてきた。
 怪我でもしたのかと救急箱を開ける。怪我の具合を聞こうと口を開く前に、乾君が遮った。
「名字、少しいいかな? 君と話しておきたいと思ってね」
「話?」
 乾君の言葉に、思わず前髪の下の眉を寄せた。お互い初対面で、特に話すことはないように思える。
「ああ、そう気負う必要はない。いくつか質問に答えてくれればいいんだ」
 そう言われて、まだ少し訝しみつつも頷いた。
「姫路とはどういう関係なんだ?」
「円とは幼稚園からの幼なじみだけど」
 幼稚園から奇跡的にもずっと同じ組、同じクラスだ。幼なじみ、腐れ縁。運命なんて言うのは少しロマンチックすぎるか。
「なるほど、通りで。では、生年月日と血液型は? 趣味や特技も教えてくれると有難いんだが」
「……何でそんなこと聞くわけ」
 話と言うよりも一方的な質問攻めに、不信感を募らせて質問に質問を返した。
「データ収集が俺の趣味でね」
 何てことのないように答えられて、なんだか拍子抜けした。深い意味はないのだろう、それなら気にする意味もない。
 しばらく当たり障りはないけれど色々なことを聞かれた。時折なるほどと頷きながらノートにペンを走らせる姿は、彼の特徴に変わった人と付け加えさせた。
「ありがとう、いいデータが取れた」
 気が済んだのか心なしか満足そうに眼鏡を光らせて、乾君は去っていった。

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