05

 初夏とは言え、今日は特別暑いからバスには冷房が入っている。私は喉を壊しやすいから、冷房の風に直接当たらないように調整する。水分もこまめに取らないと。
 私はベースボーカルだから、ライブを控えている今は一応喉のケアにも気を使う。兄の真似で始めた素人レベルのバンドだけれど、ライブを見に来てくれる円をがっかりさせたくないから。
 バッグから音楽プレイヤーを取り出して絡まったイヤホンコードをほどいていると、前の席に座った眼鏡の彼が顔を覗かせた。
「今日から三日間、よろしゅうな」
 友好的な言葉とは裏腹な探るような視線が不愉快で、自然と眉が寄る。
「……よろしく」
 なんて口先だけの言葉。食えない笑みを深めた彼から視線を窓に移すと、バスが動き出した。後ろは賑やかだ。
 ほどけたイヤホンを耳につけて、窓に頭を預けた。晴れやかな青空に似合う曲を適当に選んで作ったプレイリストをリピート再生にする。
 合宿場所になる生徒会長の別荘には、二時間ほどで着くらしい。到着の五分前には目覚めるように携帯のバイブレーションを設定しているから、安心して目を閉じた。いつかみたいな失態は演じない。

 手の中で震える携帯に目を開けた。窓の外を見ると、バスは森の中を進んでいるようだった。
 少し進むと、木々の間から貴族の邸宅を思わせる横に広い豪華な屋敷が見えた。あれが生徒会長の別荘だろう。
 近付くにつれて分かる屋敷のあまりの大きさに言葉を失っていると、細やかな金細工が美しい門の手前でバスは停車した。前から順にバスを降りて荷物を受け取る。
「こっちだ、着いてこい」
 厳かに開いた門をくぐって、生徒会長の先導で広大な庭を進む。手入れされた草花があちこちで咲き満ちている。中央には噴水もあった。
 円は相変わらずおかっぱ頭と金髪に挟まれているから一人手持ちぶさたに歩いていると、屋敷の玄関に着いた。両袖にずらりと執事やメイドが並んでいる。
 こんなに大勢いるのなら食事の準備だけでなく、マネージャーの仕事も手伝ってくれればいいのにと思うけれど、彼らにも色々と仕事があるのだろうから仕方がない。大人数の食事を二人だけで準備しないで済んだだけよかったと思うことにする。
 配膳はしなくてはいけないから、円がいつものおっちょこちょいぶりを発揮しないように気を配る必要があるけれど。
 大広間で円と話しながらしばらく待っていると、他の学校が到着した。
「ね、名前、他の学校の名前覚えてる?」
「……えっと、東京と神奈川と大阪の学校っていうのは覚えてる」
 曖昧な記憶を必死に思い出して言うと、円はもう、と呆れたように笑った。
 円がもう一度教えてくれた学校名をジャージと関連付けて頭の中で反芻していると、マイクを持った生徒会長が前に立った。合宿の目的や注意事項などを簡潔に言う。
 そして各学校の部長が軽く挨拶をした後、私たちの紹介になった。
「氷帝学園テニス部マネージャー、三年の姫路円です。みんなの役に立てるように頑張ります! よろしくお願いします!」
「氷帝学園三年の名字名前です。よろしくお願いします」
 やる気の見える円の挨拶とは相反した挨拶になったけれど、みんなが円に見惚れている間にさっさと済ませたからきっと気付かれてはいないはずだ。
「二十分後に練習を始める。遅れるなよ」
 生徒会長の言葉に、各々荷物を持って立ち上がる。
 割り当てられた部屋は円と隣同士だったから、円と連れ立って部屋に向かった。

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