04

 電車で寝過ごしそうになることもなく、十五分前には学校前に到着した。円はまだ来ていないらしい。
 レギュラー陣から少し離れたところで待っていると、ぱちり、生徒会長と目が合った。
「お前、それは何だ」
 背負った黒いかたまりにちらりと視線をやって、僅かに眉根を寄せながら淡い色彩の目で見下ろしてくる。
「何って、ベースだけど」
「……やる気あんのか」
 苛立ちを隠さない表情に、少しだけむっとして声に棘が混じる。
「仕事はちゃんとするよ。円に迷惑はかけない」
 テニス部の手伝いではなく、円の手伝いをするために私はここにいる。仕事を蔑ろにするなんてあり得ない。ベースは、私が勝手に自分の睡眠時間を削るだけだ。誰の迷惑でもない。
 そう意思を込めて、真っ直ぐに生徒会長を見上げる。
「……それならいい」
 数秒視線を交わして、生徒会長はふっと視線を逸らすとかかとを返した。この人数には大きすぎるバスをぼうっと見つめる。
 集合時間から五分ほど遅れて、重たそうな荷物を抱えた円がぱたぱたと走ってきた。手には薬局のビニール袋。どうやら酔い止めを買うために遅れたらしい。
 円は生徒会長にごめんねと手を合わせながら、ちらりと視線をこちらにくれた。音には出さず口の動きでおはようと言われたから、同じようにおはようと返した。
「今度から遅れるときはちゃんと連絡しろ。心配する」
 少しの説教のあと、生徒会長は目元を僅かに緩めながら円の頭をぽんと軽く叩いた。氷帝テニス部は円にとことん甘いらしい。まあ私も人のことは言えないけれど。
「はーい、ちゃんと連絡します。ありがと、景吾」
 円の返事に生徒会長は満足したように頷くと、バスのトランクに荷物を入れるよう指示をした。
 バスの一番近くにいたから真っ先にバッグを積んで、全員が積み終わるのを待つ。トランクに入れるのは不安だったからベースは背負ったまま。席が狭くなるけれど仕方ない。財布や音楽プレイヤーは別の小さなバッグに入れて持っている。
「名前、おはよう!」
「おはよ、円」
 荷物を積み終わった円が駆け寄ってきた。今度はちゃんと音で挨拶を交わすと、円は笑顔を引っ込めてしゅんと眉を下げて申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんね、ひとりで待たせちゃって」
「大丈夫、ちょっとしか待ってないし。そんなこと気にしないでいーよ」
 軽く頭を撫でてあげると、円はありがとうと笑った。円に悲しい顔は似合わない。笑っている顔が一番だ。
「あ、酔い止め!」
 全員が荷物を積み終えてトランクを閉める直前、買ってきた酔い止めまで積んでいた円は慌ててトランクに駆け寄った。
 相変わらずの抜けっぷりを微笑ましく思っていると、円はそのままおかっぱ頭と金髪に手を引かれてバスに乗り込んでいった。
 きっと陣取るのは一番奥の席だろう。私は最後でいいや。人数に反して大きなバスだから、好きなように席は選べるだろう。それに、どうせ円の隣には座れない。
 レギュラー陣が次々と乗り込んでいくのを見送る。最後のひとりを待つけれど、乗る素振りはない。不審に思って彼を見ると、薄く笑った。
「先乗ってええよ」
「……ありがと」
 先に促されたから、小さくお礼を言って先に乗り込んだ。譲られた意味があったのかは分からない。
「名前! ここ空いてるよ!」
 円の声がする方を見ると、円の両側にはおかっぱ頭と金髪が座っていた。円がここと言った場所はおかっぱ頭の隣。もちろん断る。
「私はいいよ、車酔いしやすいし。前に座るね」
 ありがとうと円に言って、前から三番目の窓際に座る。順番を譲ってくれた眼鏡の彼は、私のひとつ前の席に座った。

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