03

 部活が終わってからテニス部レギュラーに挨拶をすることになった。
 朝のおかっぱ頭がいると思うと、少しだけ気まずい。なんて顔をすればいいのか。面倒だからスルーでいいか。
 適当にそう結論づけると、放課後の教室でイヤホンを耳にぼんやりと時間をつぶす。今日の課題は英語の予習だけだったから、もう終わってしまった。
 窓際の席を借りて座ると、目を閉じてベースの音をなぞる。
「っ、」
 かくり、頭が傾いてはっと目を開けた。曲に集中していたはずが、目を閉じていたせいでうっかり眠ってしまうところだった。危ない。
 軽く頬を叩いて、立ち上がる。時計を見るともうすぐテニス部が終わる時間だ。戸締まりの確認をして教室を出た。
 テニスコートの近くはまだファンの子たちで賑やいでいた。コートの中では部員たちが片付けをしている。円もばたばたとコートを走り回っている。
 少し離れたところからぼんやりコートを眺めていると、ボールの入ったかごを抱えた円と目が合った。
「あ、名前! もうすぐ片付け終わるから入ってていいよ!」
 片手を元気よく振りながら言うものだから、周りの視線が流れてきた。曖昧に笑って手を振り返して、さてどうしたものかと考える。
 コートに円以外の女子がいれば自然とファンの子たちの厳しい視線を集めてしまうから、本音を言うとコートには入りたくない。けれど、にこにこ笑いながら手招きをしている円を無視するなんて私にできるはずもない。
 注ぐ視線は知らないふりで真っ直ぐ前だけを見てコートに入った。
「なんか手伝うよ」
「あと少しだから大丈夫! 名前はここで待ってて!」
 そう言われたものの、ただ待っているだけというのも案外つらい。部外者だから身の置き所に困るし、何よりもコートの外からの視線が刺さる。
 部室の横の日陰で暇をもて余していると、しばらくして片付けが終わった。
 目の前を通って帰っていく平部員たちをなんとなしに眺めていると、円に呼ばれた。平部員とは違うジャージを着た集団の前に円と並んで立つ。
「えっと、じゃあ紹介するね」
 円の言葉を引き継ぐように、軽く頭を下げた。
「三年の名字名前です。三日間よろしくお願いします」
 おかっぱ頭からの視線はスルーだ。思った以上に愛想のない声になった気がするけれど仕方ない。緊張すると声が低くなる。
 人前で歌うのは平気なのに、人前で話すのは少し苦手だ。ああもうはやく帰りたい。
 正直、生徒会長の名前しか分からないけれど、後で円に教えてもらえばいいだろう。挨拶は済んだからもう帰ろうと視線に込めて円を見ると、あっと何かに気付いたような顔をした。
「みんなも自己紹介しないと! 名前、みんなの名前分からないもんね」
 円がそう言うと、じとりとした視線をもらった。興味のないことは覚えられないから仕方ないだろう。興味のないアーティストの曲がどれも同じに聞こえるようなものだ。
 生徒会長から順に学年と名前を言ってもらった。興味ないと言っても手伝いをする以上、覚える努力をしよう。
「じゃあ、帰ろ、円」
 部活の都合があったから、円と帰るのはずいぶん久しぶりだ。少し寄り道して帰ろうか。

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