08

「い、一年C組の名字名前です。よろしくお願いします」
 たくさんの視線から逃げるように、小さく頭を下げた。目の前には何十人ものテニス部員。コートの外には不合格だったマネージャー候補たちと多くのテニス部ファン。内心ガクブルである。
 まばらな拍手を受けながら、前に並んでいるテニス部員のつま先あたりに視線を泳がせた。
 明日から私生きていられるのかな、と思わず遠い目になった。きちんと仕事をして、レギュラー陣とは進んで関わらなかったら大丈夫かな。とりあえず帰り道は背後に気を付けよう。
 自己紹介をなんとか終えて、幸村先輩の一声で片付けに散らばる部員たちを背景に幸村先輩と向かい合う。
「活動時間とか、活動日とか。詳しい仕事の内容とかはこのプリントに書いてあるから。まあ、分からないことがあったら誰かに聞いてよ。俺でもいいし」
「は、はい、ありがとうございます」
 そう答えたものの、幸村先輩になんてこわくて聞けるはずがない。レギュラー陣は確実に無理だ。何かあったら件の平部員先輩に聞こう。
「明日は朝練あるから、遅れないように。それじゃあ、お疲れ様」
「お、お疲れ様でした」
 どうやらもう帰っていいらしい。片付けに加わる幸村先輩を見送って、恐る恐るコートの外を振り返る。不服そうな顔が見えるけど、幸いにもファンの人たちは各々帰り始めていた。
 さすがに出待ちのようなまねをする人はいないようだ。ファンの人たちもその辺の良識は持ち合わせているらしい。ひとまず集団で囲まれないことにほっと胸を撫で下ろした。
「名前!」
 コートを出ると、友達Bが笑顔で駆け寄ってきた。ファンの人たちとは正反対な表情に首を傾げる。
「名前、グッジョブ!」
 ぐっと親指を立てて満面の笑みである。グッジョブされた意味が分からずに頭にはてなを浮かべる。
「なんのグッジョブ?」
「いやさ、マネージャーになれなかったのは残念だけど、名前がマネするなら色々聞けるじゃんと思って!」
「色々?」
 友達Bの笑顔になんだか嫌な予感がしつつも聞いてみる。
「仁王先輩のパンツの色とか」
「捕まってしまえ」
「あはは、冗談だってー」
 いつも通りな友達Bの様子に、内心ほっとした。それと同時に、ぎくしゃくしたらどうしようなんて心配した自分が恥ずかしくなった。友達Bは、友達Aも、そんな子たちじゃない。幼稚園からの仲なのだから分かりきっていたのに。
 心の中でごめんと謝っていると、グラウンドの時計を見た友達Bがあっと声を上げた。
「もう吹部も終わる時間じゃん」
 他の文化部とは違って吹奏楽部は強化部だから、部活の終わる時間は運動部と変わらない。
 校舎から出てくる生徒たちの中に、友達Aを見つけた。
「お疲れー!」
 手を振りながら声をかけると、友達Aは同じパートの子たちに手を振ってこちらに走ってきた。
 久々に三人並んで帰りながら、テニス部での話をする。
 マネージャーは私一人だけになったと言うと、友達Aはいいなーと拗ねたように言ったあと、友達Bと同じように親指を立てて笑った。
 曰く、どこの馬の骨とも分からない人がマネージャーになるよりはずっとマシらしい。そういうものなのかな。
「まー、大変だろうけど頑張れ。なんかあったら力になるしさー」
「そうそう、相談にも乗るし! 名前、ファイト!」
 両隣からの心強い言葉に、私はじんわり涙目である。先行きは不安だけど、なんとか頑張れそうだと思った。

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