05

 次の仕事に取りかかる前に、まずは草のにおいのする手を洗おうと水道に向かっていると、ばたばたとコートに駆けていくマネージャー候補の先輩が見えた。
 何かあったのかな、と思っていると友達Bが慌ただしく走ってくる。
「レギュラー達が試合形式の練習するんだって! 名前もはやく見に行こうよ!」
 他のマネージャー候補たちもコートの回りに集まっているようだった。仕事そっちのけである。コートの外にはいつの間にかギャラリーが増えていた。
「先行っていーよ。手洗ってくるから」
 そう言うと、友達Bは分かったとひとつ頷いて軽やかに駆けていった。
 聞こえてくる黄色い声にちょっとうんざりしながら手を綺麗に洗って、さてこれから何をしようと考える。
 ふと、作りかけで放り出されたドリンクが目に入った。担当の先輩は例にもれず、練習を見るために作業を放り出してコートに駆けていったのだろう。
 練習が終わったときに、ドリンクがないと困ると思う。脱水症状で倒れたら大変だし。
 私が作るしかないのかな。まあ、練習を見に行くつもりはなかったからいいかな。
 一つはできているみたいだから、残りは7人分。袋の裏を見て作り方を確認する。粉末を水に溶かすだけの簡単作業。こんなの楽勝だ。
「まず、え、まっず」
 びっくりするくらいまずいドリンクができた。
 目分量で水を量ったのが悪かったのかな。ちゃんと分量通りに作ろう。試しに作ってみてよかった。
 今度こそちゃんと分量通りに作ると、市販のものと同じ味がした。よかった。
 たくさん運動したあとの冷たすぎるドリンクは身体に悪そうだから、氷は入れないでおく。濃さは少し薄めがいいんだっけ。まずくならない程度にちょっとだけ水を足した。
 近くに畳まれていたタオルをドリンクボトルと一緒にかごに入れてコートまで運んだ。試合に夢中で誰一人として気付かない。
 もう面倒だからこの辺でいいかな、とかごをマネージャー候補の三年生の近くに置いた。気付いたら配ってくれるだろう。
 さて、失敗したドリンクはどうしよう。私が飲むしかないのかな。飲みたくないけど、でも人様に飲んでもらうには忍びないまずさだ。
 悩んだあげく、申し訳ないけどこっそり水道に流してしまった。排水溝に流れていくスポドリを後ろめたさを感じながら見届けた。
 水道を後にして、次の仕事を探しに平部員のコートに向かう。
 部室の前を通り過ぎようとして、足元に一枚のプリントが落ちているのに気付いた。開け放された部室の中を見ると窓が全開で、床にプリントが散らばっている。
 プリントを拾おうと部室に一歩足を踏み入れた瞬間。
「何をしている」
 急に聞こえた声にびくりと肩を震わせながら振り返る。いつの間にか柳先輩が立っていた。
「あの、えっと、プリントが散らばっていたので、」
 どこか冷たい印象を受ける整った顔に、思わず語尾が小さくなる。
「か、勝手に入ってしまってすみませんでした」
 早口で言うと慌てて部室を出る。柳先輩美しいけどこわい。どこ見てるか分かんないしというか目開いてないし。
 小さく頭を下げて、踵を返した。
「あれ、お前なに持ってんの?」
 平部員のコートに逃げるように辿り着いてイケメンこわいと内心震えていると、さっきの平部員先輩に声をかけられた。
 先輩に言われて初めて気付いた手の中にあるプリントを見つめて、思わずため息を吐いた。ああ、どうしよう。

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