今年は特別


2015 バレンタイン
御幸が女装してるので注意。


またこの季節がやってきたか。

俺はひょんなことから料理が趣味だということが部員にバレてしまってからたまに部員に料理を作っている。食堂のおばちゃんたちに少し前に許可を取り晩御飯を作るのだ。部員大体全員分を一人で作るのは流石に申し訳ないと思っているのか下ごしらえなどは手伝ってくれているが、調理は基本一人でやっている。基本料理のりの字も知らないような奴らだから調理を手伝わせると大変な事になるのは目に見えている。それでもやめられないのは、部員たちが俺が作った料理をうまいうまいとすぐに平らげてくれるからだ。

この趣味が祟りいつの間にか俺はバレンタインのチョコまで野球部全員分作る係になってしまっていた。何が悲しくて男が男にチョコなんてあげなくてはならないのか。料理を寮でするようになったのは一年の十二月頃だったから去年も作ったのだが、これまた中々好評だった。メガネのくせにとかこりゃほんとに野球部の女房だなとか言われたけどなんやかんやで先輩も同輩も本当においしそうに食べてくれるのが嬉しくて、部屋に帰ってからこっそり少しだけ涙を流していたのは俺だけの秘密だ。

そんな俺が今年もバレンタインのチョコ(笑)を作る係になってしまったのだが、去年と同じではつまらないと少し手のかかる事をしようと思っている。今年のバレンタインは土曜日だが、平日はもちろん休みの日でも普通に厳しい練習続きの野球部なので手がかかるとは言っても限界がある。チョコを溶かして四角の型に流し固め、そこにチョコペン一人ひとりに文字を書いたりスライスしたアーモンドやらチョコスプレーやらで飾ってみようというものだ。主将という立場もあるし、自分の性格はこれでも理解してるつもりなので、チョコにお礼とか改善点とか書いてやろうと考えている。これでも中々無茶な計画だなと今思ってしまった。でも、なんか楽しそうだし、やる気が出てしまった俺はいつの間にか寮からは少し離れたところにあるスーパーで予め部員から集めていたバレンタイン資金で材料を買ってしまっていた。もう引き返せないところまでいつの間にかやってしまっていた。

今年も寮の食堂で一人籠り、部員全員分のチョコを黙々と作っていた。チョコを溶かして型に入れて飾り付けをして冷やすところまではすでにできている。

何故か監督にたまにはお前も休めと突然言い渡され午後の練習を免除されてしまったため、とても暇である。何故かグラウンドにも立ち入り禁止と言われてしまった為、スコアブックを眺めながら賑やかし程度に食堂のテレビを付けた。昼間のこの時間はバレンタイン当日ということもあり、土曜日にも関わらずそういう特集が組まれた番組ばかりだった。

何が悲しくて部員にチョコなんか作らなくてはならないのかと先程から何度も考えているが、俺もあいつらも残念ながら彼女なんて作る暇も無くこういうイベントに飢えてることに変わりは無いから、一時の飢えを凌ぐということに目的にしておこう。

スコアブックを眺めたりチョコペンで書く事を考えたりしている間にチョコは固まっていた。問題はここからだ。大体書く事は決まったのだが、あいつらの練習が終わるまでに全てのチョコに書けるのかである。兎に角急いで、でも心は込めて書いていく。できるだけ女子が本命の男子にあげるようなガチっぽい感じにするところがポイントだ。必ず「○○君へ」と書き、その下にコメントをできるだけかわいい文字で書き、最後に「みゆきより」と書く。俺の名字をひらがなで書くとやっぱり女っぽい感じがでていい味を出してる気がする。初めて使うチョコペンというものの扱いに手こずり苦戦したが、十人くらいをすぎたあたりからコツを掴み段々手が慣れてきてサラサラ書けるようになった。

どうせ食べられるからということで、あまり部員には言わない感謝の気持ちも小さくだが書いておく。これでも言葉にはしないが一応あいつらには感謝しているのだ。ずっと残ってたらなんとなく恥ずかしいからチョコペンで書いて証拠が残らないようにしたかった。

そんなこんなでチョコにコメントを書き始めて何時間経ったのだろうか、窓の方を見ると既に夕方になっていた。紅葉みたいな赤色とみかんのようなオレンジがぐちゃぐちゃに混ざったような色。練習をしているとしょっちゅう目にする色だ。

あいつらが帰ってくるのは日が沈んでからだから間に合った。なんとか全員分書けた。もう少し食堂に備え付けの冷蔵庫で冷やしておくことにした。その間にこれまた用意しておいた袋を用意する。文字を書くということもあり今年のチョコは大きめだ。さすがにうん十人といる部員全員に箱の入れ物に入れるのは予算的にも無理があるから大きめのビニール袋を百均に出向きこさえてきた。もちろんバレンタインっぽくハートやら花やらがごちゃごちゃとプリントされているものだ。ここで冷蔵庫に入れていたチョコ達を出した。ビニール袋の片面は透明になっているため、そちらに文字が出るように詰め袋の端の方をじぐざくに折り、付属のピンクの針金入りの留め具で封をする。この手先を使う作業が地味に楽しい。上手くいかないときはまあまあイラっとするが、慣れているためものの十五分程度で終わってしまった。

いつの間にかテレビは夕方のニュースに変わっており、そろそろ練習も終わる頃だということに気付いた。用意ができたため、チョコを再び冷蔵庫に入れてテレビの電源を切り、部員を呼ぶために食堂から出た。まだ練習してるであろうためグラウンドに行ってチョコができたことを知らせようと思っていたのだが、寮の部屋からやたらガサガサと聞こえるためグラウンドに行くのをやめた。ここにいる誰かに声をかければいいのだから手間が省ける。取り敢えず倉持がいる五号室に行くことにした。

しかし部屋の前に来た時に気付いてしまった。ドアに貼っていた紙にでかでかと読みづらい字で「御幸立ち入り禁止!!!」と書かれていたのだ。なんだこれは。新手のいじめか何かか。取り敢えず外から呼びかけることにした。おい、チョコできたぞ、と。すると中で誰かが転んだのであろうドンと音がした。

「なっ、なんの用だ御幸一也ァ!!!」なんでこいつこんな焦ってんの。フルネームで先輩なのに呼び捨てをする奴はこの部活において一人しか知らない。沢村の声だ。取り敢えずチョコができたから食堂に来るようにという旨となんでそこまで焦ってるのかを聞くと、「え、御幸せんんんごおお!!!」と途中で誰かに口を塞がれたのであろう言葉にならない言葉が返ってきた。多分口を塞いだのは倉持だろう。そして何か技でも決めてるのだろう、痛い痛い!もっち先輩やめてつかあさい!!!と言う声も聞こえる。中にも入れないしこれ以上居ても寒いし意味ないだろうということで30分後くらいに来いとだけ伝え、案の定言い合いをしている倉持と沢村の声を聞きながら食堂へ帰ることにした。

食堂へ帰ったところで問題に気付いてしまった。去年は同じチョコを作ったから適当に机に置いて決めた枚数分取らせていたのだが、今年は一人ひとり違うから、自分の手で渡さなければならないのだ。ここまでチョコは本格的に女子があげるようなのを作ったのだから、渡す時も女子っぽくしてやろうか。ここでふと一年の時に文化祭で使った長い髪のカツラと安っぽいセーラー服(思い出したくもないから何の為に使ったのかは省略させてもらう。)が部屋に仕舞ってあるのを思い出した俺は早速取りに行った。一人部屋だから勝手知ったるもの、目的のカツラとセーラー服はすぐに見つかり俺は嬉々として部屋を出て、そそくさと食堂に再び踏み入れた。食堂の鍵も預かっているため鍵を閉めて、急いで服を着替える。肩くらいの長さで丁寧にカールされた俺の毛と対して変わらない茶色のカツラに、そういう用に初めから作られているのであろう安っぽい生地でやたら丈の短いスカートのセーラー服だ。一年の時より背も大きくなってガタイも良くなったからかパツパツだが気にするほどでは無いはずだ。丈が短すぎるためズボンを履くと見えてしまうため下にはスカートとパンツ以外何も履いていない。セーラー服は一応長袖なのだが、真冬の今はとてもじゃないが耐えられないから持ってきた制服のカーディガンを上に着込んだ。

ここでふと我に返った。俺はなんでこんなに格好をしているのだろうかと。去年散々鏡越しにこの服を着た自分を見さされたため大体はどんな感じかは分かる。なんせ百八十オーバーの男がこんな服を着たところで女には見えないのだ。どれだけ周りにイケメンだの言われていようが見えないものは見えない。しかし、ここまで本気を出してしまったので、突き進むしかないのだ。部員のバレンタインの飢えを凌ぐためにも本気で女にはなりきろうと決めた。食堂の時計を見ると七時二十七分。約束の七時半まであと三分。もう腹をくくるしかなかった。

約束の時間よりは前だが、食堂の外からは「はやくしろ御幸一也!」とか「はやく開けろよもったいぶってんじゃねえ!」という声が聞こえてきたため、時間を前倒しして食堂の鍵を開けた。俺は部員が入っていく間ずっとドアを開けてそのままできる限り開けっ放しにしてドアと壁の間に隠れていた。ドア付近から足音が聞こえなくなったのを確認して、ドアを閉めるために動いたのだが、その時までガヤガヤとうるさかったのに女装した俺を見た奴らは一瞬で静まり返ってしまった。あ、やばい、これ外したかと少し焦ったが、できるだけ女っぽい動作をしようと心がけることに専念し鍵を閉めてから振り返った。できるだけ歩幅は小さく手でカツラの毛先を弄りながら「今日は来てくれてありがとう!」と裏声にハートマークを加えて言ってやった。

そこでどっと笑い声が出てきたから安心した。倉持なんか笑いすぎてヒイヒイ言ってるし。二年の奴らは俺がこの格好をした時の文化祭での俺の姿を知っていたからさらに笑えたらしい。何故か一年は呆然としてる奴が多い。

満足した俺は早速冷蔵庫に入れていたチョコを机まで持っていき、一人ずつ渡すことを説明し部員を並ばせ、一人ずつ名前を確認しながら顔を傾け、これまた裏声でなるたけ笑顔を浮かべながらチョコを渡していった。顔が赤い奴がちらほらいたから、目標は達成したと見ていいだろう。女装した男相手に顔赤らめるとかどんだけ飢えてんだ。ようやく全員分渡すことに成功したため、一息ついた。

スマフォで撮っていたりいろんな角度から眺めていたりチョコの見せ合いをしていたりしているのを見て満足していると突然沢村が机をバンと叩いて立ち上がった。突然のことで不意を突かれたおれは少しびっくりした。

「なんだこれ!めっちゃ嬉しいじゃねえか御幸のくせに!でもな!俺らも御幸先輩にバレンタイン、用意してるんすよ!!!」

顔を赤くして興奮気味なのに少しドヤ顔な沢村。あの沢村が嬉しいって言ってくれた衝撃。でも、それよりも俺たちもバレンタイン用意してるとはどういうことだ。そんなの聞いてないんですけど。

すると部員たちは今までのはしゃぎようはなんだっのかと言うくらい静かになり、何人かはそそくさと何かをおもむろに取り出した。

何人かが俺の前に一列に並び俺に五個くらいの大きな袋をよこしてきた。もちろん全部は持てないから一個だけ持ってあとは机に置いてもらった。

「それ、俺らからのバレンタインっす!こっ、これでも、いつもお世話になってますし?さっきくれたチョコみたいに豪華なもんじゃねえけど、受け取ってくれたら嬉しいっす!」

まさかこいつらからバレンタインをもらえるとは思ってなかったから何も考えられない。頭が真っ白ってこういうことなのか。でもなんだろう。嬉しい。顔が赤くなってるのはなんとなく分かる。ここでふと女装してることを思いだしてこの格好で顔赤いとか洒落にならねえじゃねえかと思うとさらに顔が熱くなってきた。

今更だがとてつもなく恥ずかしくなってきて大きい袋を顔の前に持っていき顔を隠した。顔隠してんじゃねえとか聞こえたけど無視だ。せっかくろくなものは入ってないだろうが部員から貰ったのにお礼の一つもできていないことに気付いたから、顔を隠したままありがとなと申し訳程度のお礼を伝えた。しかし、何も反応がしんと静まり返ったままで何も反応が無くてやっぱり袋越しには聞こえないかともう一度言うためにようやく袋から顔を離すと、いつの間にか俺が持っていた袋は取り上げられ次々に俺に飛び込んできた。何が起こってるのかよく分からない。みんな口々に「御幸のくせに!」とか「こちらこそ」とか「いつもありがとう」とか言ってきた。いつも言ってこない癖に。それは俺もか。前からも後ろからも野郎共が飛び込んできてるから窮屈で仕方ないけど、ああ、幸せだなってしみじみ思った。


◆◇◆


部員からぎゅうぎゅうにもちくちゃにされカツラはとっくに前に取れて地毛もボサボサになったころでお開きとなったため、簡単な後片付けを済ませて部屋に帰った。部屋に帰った勢いそのままに渡されたバレンタイン(笑)プレゼントの袋を開けた。するとその中には沢山のチョコと袋に一つずつプラスチックの半透明の箱が入っていた。チョコレートは勿論市販のものだ。ビックリマンチョコとかブラックサンダーのような駄菓子屋で売ってるようなものから缶に入った見るからに高そうなものまでて種類はばらばらだが本当に沢山のチョコが入っていた。こんなに食べれるわけが無い。明日から少しずつ部員に分けようと決心した。

プラスチックの箱を開けると、沢山の普通の紙より分厚い画用紙のような紙が入っていた。よく見ると一枚一枚何かしら書いてある。「いつもありがとうごぜえやす。絶対エースになってみせやすから、心して待っててください! 」これは沢村だな。沢村よりと書いてあるのを確認した。「僕のキャッチャーは御幸先輩だけです。」これは降谷か。それにしても嬉しいこと書いてくれるな。こんな調子でみんな思い思いのことを書いていた。

いかにも高そうなチョコの缶が入ってた袋にはどうやら先輩方の分が入っていたらしい。チョコの缶を恐る恐る開けてみると黄色の紙に「いつでも相談してくれると嬉しい。」と昔は何度も見ていた几帳面なクリス先輩の字が綴られていた。驚きと喜びとこそばゆい心地がして俺は思わずほろりとしてしまった。こちらの袋にもプラスチックの半透明の箱があり、それも見るとやはり先輩方の字で様々なことが書かれていた。「がんばれ」とか「たまにはきてもいいんだぞ!」とか「無理しすぎんじゃねえぞ!」とか。このあたりから何故か目から汗が出て止まらない。これでは去年の二の舞ではないか。なんとなくはやく止まってくれと願ってるのに止まるどころか滝のように汗が出てきていよいよ前も見えなくなってきた。パツパツのセーラー服姿だということを思い出しても滝のような汗は止まらない。自室には俺以外に誰もいないと分かっているのに泣いていることを隠したくて顔を覆ってできるだけしゃくりあげないようにしてしまう。

それにしても俺は無理をしている風に見えていたのか。怪我してたことも黙ってたからそういう風にとられても仕方のないことか。同い年の連中からの紙は、やたらともっと頼ってくれとかそういう類のが多かった。これでも頼ってる方なんだけどなんせ伝え方は下手くそなのは自覚してるからいまいちうまくできてないのかもしれない。この分だと、今年のチョコは一人ひとりに違う言葉を書いて正解だった気がする。まあ、あいつらのことだからチョコに書いてる文字なんか見ないまま食べてるだろうけど。

一通り貰ったものに目を通した俺はいつの間にか涙も枯れていた。そして、なんか下の方が寒いなと思っていたらまだセーラー服を着たままな事に気付いた。突然我に返って羞恥心が全身を襲ったからそそくさと寝るときに着るジャージに着替えた。

なんだか疲れたし、恥ずかしさを誤魔化す為にいつもよりだいぶ早い時間だがベッドに潜り込んだ。布団の中ってやっぱり暖かい。いつもはこの時間は普通に起きてるけど、すぐに眠くなっていつの間にか瞼を閉じていた。

2015.02.14

五号室が御幸が立ち入り禁止だったのは、あの部屋にプレゼントを全部集めていたからです。細かい描写がもっとうまく書けるようになりたい。分かりにくさ満点ですよね…。部員になんやかんやで愛されてる御幸が書きたかったんです。何がともあれハッピーバレンタインです。




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