初めての


今日は倉持と同室の沢村が金丸に勉強を教わるだかなんだかで向こうの部屋でそのまま寝るらしく、運良く俺の恋人がいる五号室は一人しかいないらしい。倉持といちゃいちゃできる最高のチャンスだ。実は、付き合い始めてから一ヶ月は経つのにキスはおろか手さえ繋いだことがない。寮暮らしだから中々そういうことをする機会が見当たらないのだ。付き合い始めてからも殆ど前と変わらなかった。そんな中でやってきたこのチャンス、絶対に逃すわけにはいかないのだ。

俺の口元は緩んでいるに違いない。そんな上機嫌なまま、五号室のドアと二、三回叩く。向こうも晩飯の時に行く旨を伝えていたから誰か分かっていたのだろう、返事もせずにいきなりドアが開いた。すると、いきなりバンとドアを乱暴に閉めたかと思いきや、俺の手を握って無理やり座らせ俺の肩に顔を乗せてきやがった。

これにはさすがの俺もびっくりだ。なに、倉持くん実は俺がくるの楽しみにしてたの?と茶化しはした。でも、あまつさえ何ヶ月もの片思いを実らせたのに何もできなかった倉持にいきなりこんなことされたら俺も平常心ではいられない。心臓がばくばくいってる。そんな俺の見栄だけど茶化す声に反応してか、今までの練習の結晶であるまめだらけの両手を俺の背中に回してきた。こいつこんなに積極的な奴だったっけ?

俺の肩の方から息を吸う音がしたからとりあえず何を言うのか待ってみた。その間に倉持はあーだのうーだの小さい声で何回か喚いた後によし、と呟いた。何か決心がついたらしい。

「………楽しみにしてたに決まってんだろーが。」

ああ!俺今死んでもいい気がした。まさかあのいつもはプロレス技(しかもかなり威力強め)ばっかかけてくる倉持がこんなこと言ってくれるだなんて思ってなかった。めちゃくちゃ嬉しい。心持ち肩のあたりがちょこっと熱い気がする。俺はどうしても倉持の顔を見たくなって、倉持の首あたりに手をやり、俺の顔を倉持の顔と大体正面になるように移動した。

すぐに下を向いてしまったけど、真っ赤で眉間に皺をいつも以上に寄せてるのに戸惑った風に見えるというなんとも不思議な顔を見てしまった。耳まで真っ赤だから今も赤いままだろう。今もうーだのあーだのくそだの顔の赤さを誤魔化す為だろうか言っているが、今の倉持は何をしてもかわいいの一言に尽きる。男相手にかわいいと形容するのもどうかと思うが、かわいいという言葉しか浮かばない。

やっぱり正面から倉持の顔が見たい。

そう思うと俺の行動ははやかった。すばやく倉持の顎を軽く持って上に向かせた。一瞬のことで向こうは呆気に取られていたが、俺と対面したと認識したのだろうか、さらに顔を赤く染めだした。まだこいつは赤くなるのか。これはいい雰囲気なのではないか、今ならキスもできるのではないかと倉持の唇を見た時に気づいてしまった。倉持の唇の左端の方が少し切れていることに。倉持はそんなこと全然気になんてしていないだろう。切れてりゃ唇舐めときゃなんとかなるとか素で言いそう。ここで俺はいつもズボンのポケットに、使ってる人が多いであろう緑の薬用リップを常備していることを思いだした。こんな時に使えるだなんて思いもしなかった。男がなんでリップなんか持ってるんだって言われるだろうけど、唇切ったら痛いから嫌なんだ。それにこの薬用リップ、メントールだかなんだかのおかげで眠たい時に目の下あたりに塗ると眠気覚しにもなる。まさに一石二鳥だ。

ズボンのポケットから出したリップを見て倉持は不思議そうな顔をした。もしかして唇が切れていることにすら気づいていないのではないか。お前、唇切れてんぞ。と言ってやったら案の定気づいてなかったらしく、「え、まじ?」と返ってきた。

人のことはとことん鋭いのに自分のことになった途端にほんとに鈍くなるな。まあそこも好きなとこのひとつなんだけども。

「で、そのリップ何に使うんだよ?」と見当違いなことを聞いてきたから、お前の唇に塗ってやんの。とはっきりと言ってやった。まあ予想通りふざけんなよと思わずといった風に俺に技かけてこようとする。いつもは楽しそうにやってくるけど、今日はどうやら恥ずかしさを誤魔化すために技をかけようとしているらしい。赤い顔のままでこられても全然怖くない。いつもより力が入っていないし動きも少しだけ遅かったのに流石の反射神経故に少し手こずったが、なんとか片手で両手の動きを封じ込め、足の間に俺の体を滑り込ませた。

ははっ、こんな簡単に動けなくなってたらチーター様の名前が泣くな?とわざと癇に障るように言ってやる。そうした方が倉持の反応がおもしろいからな。「うっせーよ。」と返ってきた。手で顔を覆っているが。あれ?いつもはざけんじゃねえとかふざけんなとか言って結構な強さで蹴ってくるのに。

まあ気を良くした俺はそんな倉持なんか構わずにリップを塗る準備を始めるけどな。リップの蓋を開けて下の方をくるくると回してリップを出した。未だに顔を覆っている手を横に持っていこうとすると案外簡単にできてしまった。拍子抜けだ。そうすると顕になる倉持のさっきよりもっと真っ赤な顔。こいつがここまで照れてるところは見たことが無い気がする。真っ赤にして戸惑うような、でも少しだけ期待が混じっているような表情。それに対してこれから起こるであろうことを身構えてきゅっと結ばれている口。こんな倉持を見れるのは俺しかいないと考えるだけで優越感を覚えてしまう。

わざと自分ではあまり思っていないが一般的に恰好いいと言われる部類になる俺の顔を近づけてみた。しかしこんなに口をガチガチに閉じていたら本来の目的のリップを塗ることなんてできやしない。リップを持っていない方の手で倉持の口をなぞってみた。それがこそばゆかったらしい。瞼を閉じてびくびくしている。調子に乗って何度か倉持の口を行き来してみた。そしたら、んぅ…とかそういった声が漏れたからびっくりした。正直クる。第二の俺に直撃だ。これは許していただきたい。本人もびっくりしたらしくいつの間にか閉じられていた瞼を見開いていた。そしたら急に顔をぶんぶん振り、抵抗しだした。

なんとか俺が宥めたから、ひとしきり落ち着いたらしく気まずそうにこちらを見ている倉持。やるんだったらはやくやれよと目線で言われた気がしてもう一度倉持の口に手を添えた。一瞬びくっとされたけどそれ以降は大人しい。ぎゅっと閉じられた目が初々しい。そんな倉持の様子に満足した俺はやっとリップを倉持の口に塗ることができた。

リップって唇の縦方向のしわに沿って塗った方が浸透しやすいんだっけか。それを咄嗟に思い出した俺は早速実践してみた。けっこう乾燥してるらしく引っかかる感じがリップ越しに少し伝わってくるから全体的にたっぷりと、切れてるところはさらにたっぷりと塗ってやった。

他人にどころか、もしかして自分でもリップなんて塗ったことが無いかもしれない倉持はリップが動く度に瞑った目をふるふると震わせていた。一旦引いていた顔の赤みがまた増していく。もうちょっとそんな倉持を見ていたかったけど、もう十分塗ったし大丈夫かなと思ったから口元からリップを離した。そうすれば、倉持は静かに瞼を上げた。

リップの蓋を閉め、ポケットに仕舞い、再び向き合う。その瞬間、やっぱり真っ赤なのだけど口は軽く開いていて、眉を下げているというこれまたなんとも物欲しそうな顔をした倉持が俺の目と鼻の先ににいた。いや、こう思ってるのは俺だけなのかもしれないが。しかし腕まで掴んできたから倉持もちょっとは意識してくれてるのかと思ってしまう。これはこのままこの先までやっちゃっていいってことか。そうなんだよな?据え膳食わぬは男の恥ってやつだよな?うん、そうだよ一也くん。頭の中の俺と自問自答をしたけど、どうやらあまり機能していないようだ。

もういい。どうにでもなれ。
決心した俺は倉持の顎を軽く持って狙いを定めた。自分で言うのもどうかと思うが、狙い打ちする気満々である。こんな時に自分のヒッティングマーチを思い出すとは思わなかった。素早く顔を近づけていく俺に一瞬びっくりしたように声を上げたが、やがて諦めたらしい。俺の唇が倉持のそれにくっつく直前に瞼を再び閉じた。

ここで、少し今の状況とあまり関係の無い話をしよう。
俺は野球部の割にそういったことも一通りやってきた。好意を寄せられること自体に嫌悪感は無いし、どっちかというと嬉しかったのだが、執拗い子もいた。いつもは適当なことを言って諦めてもらっているが、たまにそれだけでは諦めてくれない子もいるのだ。俺だって好きでもない子にキスもそれ以上のこともしたくなかったが、向こうが一回だけでいいからなど言ってくる時は絶対に諦めることを条件にして発散させてもらったこともあった。今更ながらどんなに迫られてもこんなことするだなんで向こう側にも不誠実だよなと後悔している。

なんでこんな話をここでしたのかというと、色々と一通りやってきたにも関わらずやばいからだ。本当に。なんだこれ。本当に好きな奴とこういうことをするのってこんなにぶわっとくるのか。なんというか、嬉しいとか独り占めしたいとかかわいいとか幸せだとかいろんな気持ちが一気に浮かぶ。けっこう長い間唇同士を合わせてるままなのに倉持は倉持で何も抵抗してこない。

舌入れてみてもいいかな。というか、入れたい。もっといろんな倉持が見たい。さっきの事情によりある程度はこういったことに慣れてしまっている。慣れた舌遣いで難なく倉持の唇をこじ開けることに成功してしまった。舌を伸ばした時にさっき塗った薬用リップクリームの爽やかななんともいえない味がちょっとだけしたけど気にしない。さすがに倉持も一回目でここまで行くと思っていなかったらしく、閉じていた目を見開いていた。キスしている間ずっと目を開いていた俺はその様子を焦点が近すぎて上手には捉えられなかったが、必死に顔を揺らして唇を離そうとしていることから慌てているということは分かる。せっかくここまできたんだ。絶対にこのチャンス逃してやるか。倉持に申し訳程度に掴まれていた腕を振り解き、倉持の首に手をきつく巻いて動けなくしてやった。

それに気付いた倉持はしまった!とでも言いたげに眉を潜めたのがそれもお構いなしに舌をさらに奥に侵入させた。倉持の舌はびっくりしているのか奥の方に逃げてしまっている。そんな倉持の舌を追うようにさらに舌を奥に進めていく。するとどうだろう。倉持はびくっと体を震わせたかと思うと、砂糖菓子のような甘ったるい嬌声をあげた。男でもこんな高い声出るのかってくらい、甘い声。俺よりその声を出した本人の方が驚いてるらしく、目をぱちぱちしている。そんな中でも俺はもっと倉持の声が聞きたい一心でいろんなところに舌を進めた。

次第に慣れてきたのだろうか、倉持の舌がおずおずと前に出てきた。これはいけるのではとまたしても調子に乗ってしまった俺はすかさず自分の舌を倉持のそれの方に持っていった。その瞬間また揺れる倉持の体。それからはもうお互いを食べ合うみたいに舌を絡ませまくった。ちゅくちゅくといやらしい音が響いて、微かだが聞こえる切羽詰った息遣いの音に抑えきれない嬌声のせいでさらに煽られる。

病みつきになっちゃいそう。というか、もう九割弱は病みつきになってる。顔を熟れた林檎のように真っ赤にしてたどたどしく必死に俺を求めてくる倉持。どう形容すれば良いのか分からなくなってきてるくらいには頭が回らなくなってきている。すると、いきなりガッと俺の鎖骨の下あたりを拳骨で殴ってきた。いつもより力は無いが、痛いものは痛い。そしてやっと倉持が苦しそうにしていることに気付いた。

しまった、つい夢中になっちまった。急いで舌を倉持の唇から引き抜き、最後の仕上げとばかりにその唇を一通り舐めてようやく唇を離した。俺と倉持の唇からどちらのものか判断し難い唾液が伝い、すぐにぷつんと切れて床に落ちた。ようやくまともに息を吸えたらしい倉持はぜえはあと必死に空気を吸っている。倉持の口元を見ると口の中から溢れてしまったらしい唾液がつうと端の方から垂れていてもうなんというかやらしいの一言に尽きる。

さっきまでの一緒に貪り合っていた奴はどこにいったのか、倉持はもういつものように目つきの悪い三白眼で俺を睨んでいた。口を何回もごしごしと拭いながら。折角俺がリップクリームを塗ったのにひどくないか。

こういうわけでキスどころかディープまで一気に済ませてしまった俺達。俺は初めてではないが、好きな人としたキスは今回が初めてだ。もう今までのどんなのも忘れてしまったから、これが俺の初めてのキスということにしてくれないだろうか。

初めて(好きな人とした)のキスはリップクリームの爽やかなよくわからない味だった。とだけ告げると「そうかよ。」とぶっきらぼうに返ってきた。ぶっきらぼうに言ってくる割にはさっきよりはマシになったけどやっぱり赤いし、まだ物欲しそうな顔をしている。こっそり部屋に入った時に鍵は閉めたし今日はもう邪魔は来ない。この先も進みたいなんて言ったら高望みだろうか。

キスをしている間に力が抜けてしまったらしくさっきからずっと座っている倉持に、この先もしていい?と聞いたら「勝手にしろ。」と今度はヤケクソ気味に返された。強気に言ってはいるが、一瞬びくっとしたのを俺は見逃さなかった。やはりまだはやかっただろうか。でも、倉持は何か決心したようにぱんぱんと両手で頬を叩き、「ほら、やるんだろ、はやくこいや。」と、力が抜けた体を叱咤するように無理やり動かして倉持のベッドに移動しながらたいそう男前に言ってのけた。向こうもこんなに乗り気でいてくれてるんだ。応えてやらなくては男が廃る。

自身のベッドに期待するような眼差しを俺に向けて寝転がる倉持の上に覆い被さり、倉持が瞼を閉じたのを眺めながら早急に唇を寄せた。

2015.02.08

御倉の日おめでとうございました!遅刻です!!!ねっちょり書くように心に留めてたのにそこまでねっちょりしてないです。リップクリーム全く生かせてないですし…。それと、御幸の部屋でもよかったのではないかと書き終えてから思いました。



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -