目の前に並ぶ唐揚げには何の罪もねェ。色とりどりの野菜が入ったサラダに、オニオンスープ。その他にも色々なおかずが並び、一人暮らしの俺からしたら出来過ぎた夕食だ。だがンなことより、何よりも重要なのはそれを誰と一緒に囲んでるのかっつーことだ。

「お母さんびっくりしちゃった。なまえ前もって言いなさいよ。聞いてたら私もっとご馳走つくったのに」
「さっきはすまなかった。いきなりで私も驚いてしまってね。この子のことを心配してのことだったんだろう、荒北くん」
「…はい……」

は〜〜〜〜〜あ?何だこれは、夢か。出来すぎた夢なのか。いや、口にしている唐揚げの味は紛れもなく本物だ。俺の隣で笑っている女の笑顔のほうがどちらかと言えば現実味に欠けているというか、偽物くせェ。

「また来てね」と母親から帰り際に声をかけられたが、それにはひどくぎこちない相槌で答えた。もう訪れることはないだろう。そういうわけにはいかねェんだ。なぜだか玄関の外まで出てきたそいつは、相変わらず小生意気な表情をしていた。

「何考えてンの?」
「何も?」

もはや今怒鳴る気は全くなかった。小言を垂れる気さえ。誰がこんなこと予想できたっていうんだ。何か言わねェと、とは思うのに何も出て来やしない。

「おやすみなさい」

何も俺に言わせないような口ぶり。それから首にするりと腕を回され、きゅっと抱き着かれた。髪からは甘ったるい匂いがした。ここをどこだと思ってる、お前の家の前だろ。見られたらどうすんだ。恋人だって?ふざけんじゃねえ。そんなの俺がいつ同意した。見られればまずいという気持ちばかりが先行する俺は、そっとそいつを離した。

「やめろ、そういうの」

一瞬体は確かに固まったけれど、その分頭は冷静だった。彼女は薄ら笑いを浮かべていた。その表情の意味が俺にはまるで分からなかった。

「飯、ごちそうさん」

それだけ言って、俺はもう何も口にしなかった。後ろからも何も聞こえてこない。ドアの閉まる音が聞こえないのは、見送っているつもりなのか。振り返る理由は俺にはないはずだ。これきり、これきりだ。もうこの家ともあのガキとも何の関係もねェ。半ば言い聞かせるようにして、煙草に火をつけた。



俺のそそり立った自身を愛おしそうに見つめる視線は、ひどく熱っぽい。どこでそんな顔を覚えるっていうんだ。こんなガキに反応してしまう自分が情けなくて、だけどそんな俺の理性なんか無視して体は熱を持つ。早く触ってくれ、刺激をくれ。そして俺もその柔らかな肌に触らせて欲しい。と、そう思ってしまっている。色白の肌は上気していてそれがまた俺を興奮させる。駄目だ駄目だと思っているのに、その挑発的な目に誘われ手は伸びて行く。

「…なまえ」

はっとして目が覚める。見慣れた天井、自分の部屋。当たり前だがここにいるのは俺一人。…夢だ。現実であってたまるか。もしや、と思いおそるおそる自分の下半身を見ると自己嫌悪で軽く死にたくなった。

「…ガキかよ」



大体呼んだことなんか一度だってなかったというのに、しっかりとあいつの名前を記憶していた自分が…。…自分が何だ?名前が、名前ぐらいどうしたっていうんだ。何ということもないだろ、もう会わないやつの、あんなガキの名前なんて。ここまで気にしている方がおかしい。どうかしちまってる。こんな言い訳じみたことを考える必要なんかねェのに。

「荒北くんお疲れみたいね、何、彼女と喧嘩でもしたの?」
「ハァ…!?や、そんなんじゃねェっすよ…」
「あら、そう?」

ガムと一枚のメモがデスクに置かれる。ぱちりと片目を自信ありげにつぶって。今夜飲みに行かねェかと誘いの言葉が書かれていた。最近酒を飲んでいなかったし、別に断る理由はなかった。

「あ〜楽しいねぇ気持ちがいいねぇ」

…こんなに酒癖の悪ィ人だとは知らなかった。俺そういえばこの人とそんなに仲良くなかった気がするんだけど?誰と飲んでもこうなっちまうんじゃまあ結婚は遠いわけだ…とそんなこと独身の俺が言えたことでもねェんだけど。とりあえずタクシーつかまえてこの人返さねえと面倒なことになる。明日だって休みじゃねえ。俺だってちゃんと睡眠は最低限取りてェ。昨日面倒に巻き込まれたばかりだ、勘弁してくれ。二軒目に行こうと言う先輩の誘いは当然断り、なんとか駅まで半ば引きずってきた。自分の足でほとんど歩くこともできないこの人は、体重をほぼ俺に預けている。腕に絡まる手や、当たる柔らかなもの。そんなのをいちいち気にしていたら俺はいつまでも帰れねェ。ガキじゃあるまいし。今朝の夢が一瞬頭をよぎった。ふざけんなよ。

駅前ということもあり、タクシーを拾うのは難しいことではなかった。酔っぱらったこの人を無理やり押し込み、運転手に送り届けるように言う。ふにゃふにゃ笑ってはいるけれど、話せないわけじゃねェだろ。先輩だっていい大人だ。自分の家くらい分かってもらわねェと困る。

「ええ〜私一人で帰るの?」
「そうっすよ全く…しっかりして下さい先輩。じゃまた明日ァ」

それだけ言って纏わりついてくる先輩の腕を引き離そうとした、瞬間。気を抜いていたのか、何なのかは分からねェけれど、俺の手首はぐっと握られ制されていた。驚いたのなんかほんの一瞬だ。いや、もう全部が一瞬だった。すっかり口紅の落ちた薄桃色の、酒くせェ唇が俺の唇に軽く触れた。

「…またねぇ」

その表情は単なる酔っ払い女には見えず、背筋がぞくりと震えるような、そんな感じを覚えた。声をかける前に車のドアは閉まり、俺はただ触れられた唇を押さえることしかできなかった。
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