どうやってこの、ピンクピンクしたサイトにまでたどり着いたのかは覚えていない。そういうことを求めてネットサーフィンをしていたわけでは全くなかった。普段なら俺には関係のないものだとスルーしていた。だが今日はなんとなく、本当にただなんとなく興味本位で覗いてみただけだった。出会い系掲示板、とやらを。それが過ちだったのかは今もちょっとよく分からない。だけど多分、過ち、なのだろう。

こんなもんかと画面をスクロールして読み飛ばしていた。どいつもこいつも、ネットなんかで何を求めてンだ気色悪ィ。日常生活では使わないであろう卑猥な言葉をうつす俺のスマホ。はん、とやはり自分には関係のない界隈だとページを閉じようとした。しかし、次のスクロールで流れてきた文字を見て思わず指を止めてしまった。会社の最寄り駅だった。その駅を最寄りだと記す女のプロフィールを見て俺はまた目を見開いた。だ、大学生ねェ…。若ェな。でもまあ、高校生じゃないだけマシか?でも大学生つったら、こんないかがわしいサイト使わなくたって彼氏でも何でもできるだろうにと、余計な心配をした。分かんねェ世界だなあオイ。掲載されている写真は本当にこの女のものなのだろうか。まあ、違うだろうな。けっこう、可愛い顔をしていた。

「何見てんだ、俺」

なまえ、と写真の横に書かれた文字が妙に頭に残ったまま、俺はページを閉じた。



それから一週間ほど経った頃だ。俺はいつも通り仕事を終え、家路に向かっていた。クリスマスが近いため、会社の前のそこそこ大きな駅には眩しい電飾が施されていた。金曜日ということもあってか、今日はいつにも増して人が多い。まあ、綺麗だなァとは俺でも思うけれど、別に一人寂しくそれをじっと見つめる気はなかった。ちょっと高いビールでも買って帰るかと、まっすぐ帰ろうとしていたがコンビニの方へと足を向けた。明日は休みだけど特に予定も何もねえし、どーすっかなァと考えながら歩いた。寒いというのもあり、下を向いて歩いていた俺だったけれど、今コンビニから出てきた女の香りが鼻について思わず顔をあげた。

「…あっお前…っ」

小さく声がでてしまったことにどうやら彼女は気づいていないようだった。耳にはピンク色のイヤホンが見えた。大学生、や、高校生か?10は歳が離れているように見えた。そんなガキの女の匂いに反応するなんて、どうかしている。いや、それよりもだ。匂いよりも、俺がそれ以上に今反応してしまったのは、こいつの顔だった。見たことがある顔のような気がした。俺ははっきりとそれを覚えていた。あのいかがわしい出会い系掲示板、だ。そんなに特徴のある顔には見えなかったけれど、なぜだろうか俺は覚えていた。なまえという彼女の本当かどうかは分からない名前も、しっかりと覚えていたのだ。買うはずだった酒のことなどどうでもよくなり、まさかという気持ちを持ったまま俺は彼女の後を追いかけていた。駅の方向だ。電飾の光る、あの駅の。



後をつけるのはそんなに難しくはなかった。人が多くてよかったと胸の中で思う。しかし俺はついていったところで何だというのか。話しかけるのか。「掲示板見ました」ってか?確証もないのに?そんなのきっしょいオッサンと同じじゃねえか。俺もあと一年もすれば30になり、彼女からすればオッサンなのかもしれないが。

あ〜面倒くせェ!どうして俺はこんなに気にしてんだ。彼女はどうやら誰かと待ち合わせをしているらしかった。彼氏か、友達か。こう見る限り彼女はよくいる普通の女の子、に見えた。SNSか何かにアップした写真をきっと誰かが勝手にあの掲示板で利用したんだ。そう思うことで、俺は終わらせようとした。辺りはもうすっかり暗くなってきて、腹も減った。晩飯何食うっかなァ。何も考えてねえ、あ、酒も買ってねェし。

馬鹿らしくなって帰るか、と最後にもう一度彼女の方を見ると誰かが一緒にいた。人が多くてよく見えねェ。男物のジャケットが見えた。彼氏か。無駄な時間を過ごしてしまったとぼうっと考えながら二人を眺めていた。…ハァ?ちょ、ちょっと待て、その男、つーかオッサンじゃねェか!俺より断然年上だった。鼻の下がだらしなく伸びていて、下心が見え見えなのが丸わかりだ。それは、つまり、アレだろ。俺の読みがビンゴっつーか…。彼女の方はというと微笑を浮かべてオッサンに向かって指をつきたてた。三本。これは、ヤベェやつだ。

「…オイ」

俺は気づいたら二人の方へと歩み寄っていた。そして、自分でもびっくりする声を出していた。

「な、…いきなり何だ君は」
「オッサンこいつの、何?」
「わっ私は…私はこの子の…」
「…何だヨ」
「ち、父親だ」
「…」

もっといい嘘はなかったのか、オッサン。横にいる少女はきょとんとした顔でこちらを見ている。否定も肯定もしない。何考えてんだこいつ。

「そうなのォ?」

彼女に聞くとそれに対してはふるふると首を横に振った。

「俺ちょっとこいつに用事あっから、今日は帰ってくんない?」

俺より年上のくせに、挙動不審で自信無さげなこのオッサンに苛々した。睨んだつもりはないが、そんな風に見えたのか「ひっ」と声を漏らす。その妙に甲高い声も気色悪ィ。まあ目つきは元々良い方だとは思っていない。オッサンはブツブツ言いながら、逃げるようにして去っていった。そこに取り残されたのは当然ながら俺とー…この女。

「…ねェ」
「……」
「援交ってやつ?やめとけよ」
「おじさん、誰」
「おじっ…、俺ァ別にただの通りすがりで…」
「嘘。さっきコンビニで私のこと見てましたよね」
「なっ…」

なんだこいつ、気づいてたのかよ。彼女の目は何を考えているのか読めなかった。淡々とした口ぶりのせいでもあった。

「あーあ、お小遣いもらいそびれちゃったな」
「ハァ?」
「おじさん、いくつ?」
「…29だけどォ?」
「ふーん…。じゃあさ、おじさん結構かっこいいから、さっきのオッサンの代わりしてくれません?」

ちょっと意味が分からなくなってきた。

「なまえちゃんって呼んでいいですよ。苗字とかは聞かないでくださいね。おじさんは?」

なまえ。俺の頭の中の情報が全て繋がった瞬間だった。こいつはやっぱり、ああいうサイトを使って、そういうことをしている女だ。大人しそうな顔をしてとんでもねェ。

「…掲示板、の…」
「えっなーんだおじさんもあそこ使ってたんですかあ?一緒じゃないですか。俺はいい人だ、みたいな顔しちゃって。名前聞いてもいいですか?」

馴れ馴れしいその口ぶりは、敬語ではあるものの全く敬意が払われていなかった。別にいいけれど、それよりこいつの話の内容の方が問題だ。全くついて行けねェ。

「…荒北」

「じゃーアラキタさん、ホテル代ぐらいは私出しますから。ちゃんと責任とってくださいね、邪魔したんだから」


そう言って俺の手をきゅっと握り、俺より低い位置でにこりと笑う。さっきのオッサンに向けられているものより少し柔らかな気がした。電飾の光のせいかもしれない。
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