太陽の光が水面に反射して、きらきらと眩しい。砂浜は白く、たくさんではないけれど時折とても綺麗な貝殻を見つけた。潮の香りが暑くて、短いこの季節が来たのだということを思い知らせてくれる。部員のみんなは、思い思いの場所で、楽しそうにはしゃいでいた。浮き輪でぷかぷか浮かんだり、本気で泳いだり、浅瀬でふざけ合ったり。

「あー…いいなあ」

それを羨ましそうに見ている私は、パラソルの下で荷物番、という名の見学。この合宿のために買った、少し大胆な水着の出番はない。デニムのショートパンツに、Tシャツ。足元はビーチサンダルというのがせめてもの救いかもしれない。

ずっと前から楽しみにしていた夏合宿。それなのに生理が来るなんて聞いてない。今までほとんどイベントと被ったことなんてなかったのに、よりによって海に行く時だなんてついていない。

昨日もハードな練習をして、明日もそうだというのにみんな驚くくらいに元気だ。肝心の部活に支障が出ないかマネージャーとして心配。でもまあ、多少の息抜きは必要だって、福富くんも言ってたし。眩しい太陽と、光る海をもう一度見ては水着姿のみんなが羨ましくなった。

「あれ、お前入んねェの?」

からっとした空の下、鬱々とした気持ちの私に声をかけてきたのは、荒北だった。手にはお決まりの炭酸飲料。飽きもせずよく飲むものだと思った。その缶は汗をかいていて、今さきほど買ってきたものらしい。

「うん、荷物番。荒北はあっち行かないの?」

ぎゃあぎゃあと騒ぐ海の中の三年男子を見やると、新開くんと目が合った。うっすら日焼けした彼を見て、彼に思いを寄せる子が多い理由が分からなくもない、だなんて思った。はい、無駄にバキュンポーズいただきました。最近彼は無駄撃ちが多い気がする。その辺は私の口出しすることではないので、多分スルーが無難。それを見て二年生のマネージャーが騒いでいた。

「休憩。何か飲む?」

ぷしゅっと音を立ててプルタブを開け、ぐびぐびと喉を鳴らしながら飲む荒北。それから口についた液体を、ぐっと手の甲で拭う。

「ううん、いらない。ありがと」
「あ、そォ」

そう言って私の横に腰を下ろす。水着一枚という姿がなんだか新鮮で、近づいた距離に少し緊張した。ちらりとなんでもない風を装って彼を見れば、ほんの少しだけ焼けた肌が赤くなっている。羨ましいくらい、もともと色白だもんね。

「荒北日焼け止め塗ってる?」
「ア?塗ってねェよ、ンなもん」

やっぱり。私が見た中では、東堂くんだけが丁寧に日焼け止めを塗っていた。今時男子でもちゃんと塗らなくちゃいけないんだよって、日頃から言ってるのに。

「自分が思ってるより日焼けって大変なんだよ。ひりひりするし皮は剥けるし。私の貸したげるから塗りなよ、ほら」
「ったく、たりーなァ」

そんな悪態をつきながらも、まあ適当ではあるけれど荒北は大人しく日焼け止めを塗っていた。いつも私が使っているものだったから、荒北からも同じ独特の匂いがするのが変な感じだ。

「アーくせっ」
「ちょっと人の借りておいて」
「ハイハイすみません」

すんすんと自分の腕を嗅いでから、楽しそうに笑った。水に濡れて、張り付いた荒北の髪の毛からは潮の香りがした。早く遊びに行けばいいのに、さっきからここにいてくれることが少し嬉しかった。みんな海の方へ行ってしまって、「荷物番するよ」とは言ったもののやっぱり寂しかったから。

「お前飯、何か食ったァ?」
「や、まだだよ」

今日は息抜きの日だから、基本的に自由行動ということにはなっている。だけどやっぱりみんな海に入りたい。つまり自然と部員のほとんどがこの浜辺に集合しているわけで。私も特にこれといってしたいことも、行きたい場所もなかったから荷物番に甘んじていた。お昼は海の家もあるし、適当にここでみんなと取るつもり。「あっそ」ってそれだけ荒北は言って、首をポキポキ鳴らしだした。

ちょっと、聞いておいてなんだその態度は。「一緒に食べよう」とか、言ってくれるのかと思った私が恥ずかしい。荒北は自分が隣に来て、私が緊張してるだなんてこれっっっぽっちも知らないんだと思う。…別に、いいけど。本当は私だって可愛い水着着て、海で遊びたかったよ。高校最後の夏なのに。インハイ終わったら、勉強漬け…なんだろうなあ。荒北はどこに行くんだろう。危機感を持たなくちゃいけないのに、今の私は目前のことで手いっぱいだった。

眩しい太陽と海は今の私にとって、素敵なロケーションだけれどそれと同時に嫌味でもあった。これから先のことを考えると憎らしくさえ感じる。自然には何の罪もない。足についた砂を軽く払うと、荒北はその辺に置いてあったパーカーを羽織った。

「ア〜暇、昼寝でもするかァ」

昼寝って、海に来てまですることではないと思うけど。それからそのパーカー、確かさっき東堂くんが着てた気がする。本人は沖の方で何やら騒いでいるらしい。

そんな荒北を横目に私は頭をぐるぐる回転させる。夏、海、砂浜。それらのキーワードから導き出されるもの。そんなの決まってる、一つしかない。水着である必要はないわけだ。私はいったい何にこだわっていたんだろう。いや、確かにあの可愛い水着を着られなかったのは残念なんだけど…でもそんなことをぐちぐち言っている暇はない。

「ねえ暇ならさ、スイカ割りしようよ」
「スイカ?あんの?」
「…ないけど」
「バカかお前」
「ひどい、荒北買ってきてよ」

さすが元ヤン、目つきの悪さには定評があります。そんな不細工な顔で私のこと睨まないでほしい。…うそ、あんまりそんな二人きりで、じっと見られることなんてないから、無理。照れるからやめてほしい。顔が赤くなってしまいそうで、睨む彼の目から逃れた。

「…東堂!俺ちょっとスイカ買ってくるわ」

座ったままいきなり荒北が大声を出すものだから、驚いて身じろいでしまった。発された言葉は当然だけれど、私の耳にもしっかりと届いた。

「…聞こえてないみたいだよ」
「いーんだよ」

大声を出しておきながらけろっとした顔でそんなことを言う。波の音とみんなの声に紛れて、荒北の声は沖の東堂くんには届かなかった。

「意味わかんない」
「出かけるってちゃんと俺は言った、っていう既成事実だヨ。あいつぎゃあぎゃあうるせーだろ。おら、行くぞ」

いつの間にか空になったらしい缶をめこっと潰しながら、荒北は立ち上がる。上までしっかりチャックを閉めていないパーカーから覗く肌。それは東堂くんのものだけれど、とても荒北に似合っていると思った。

「え、その、え?」

私は荒北の言動がいまいち理解できなくて、彼を見上げている。

「アーもうバカみてェな声出してんじゃねェ!スイカ、買いに行くっつったろ」
「わ、私も?」
「他に誰がいんだヨ」

確かに、今パラソルの下には私たち二人だけ。行くぞ、っていう誘いの言葉を受けるのなんて、他に誰もいない。隣で荒北が座ってくれているだけでも嬉しかったのに、一緒にスイカを買いに行こう、だなんて。「嫌なら俺一人で行くけどォ」って。それはだめ、待って待ってこれはもしかして、浮かれてもいいのかな。それくらい、いいよね。「う、うん」ともたついた、間抜けな返事をして少し前を歩く荒北の背中を追う。

「荒北、出かけるのか」

隣を歩く荒北に、後ろから声をかけてきた人物の方を私も振り返る。そこには我らがキャプテン、福富くんが立っていた。全身水に濡れ、さっきまで海に入っていたということがうかがえる。水面と同じく、太陽が反射して金色の髪がきらきらと眩しい。

「ああ、夕飯前には帰るからァ」
「そうか、遅くならぬうちにな」
「わーってるヨ。じゃあねェ」

ひらひらと手を振って福富くんとはそのまま別れた。私も「じゃあ行ってくるね」とだけ言ったけれど、なんだか妙な気持ち。この感じを確かめるつもりで隣の荒北を見た。

「…あのさァ、察してくれてる?」
「……たぶん」

だって荒北の顔が真っ赤だったから。私の感じた気持ちは、たぶん自惚れじゃないと思う。でもはっきり言ってくれないと分からないよ。そんな小悪魔みたいな台詞は言えないから、しばらくは黙って一緒に歩こうと思う。スイカ、買いに行こう。

20150914
「スイカ割りしようよ」
story with なぎ san
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