別に夏祭りなんて特別好きではなかった。屋台の食べ物はワンパターンだし、無駄に高いし人は多い、暑い。いいところよりも不満ばかりが先に浮かんでしまう私は、今どきの女子高生にはあるまじき考えの持ち主なのかもしれない。そんな私がなぜ今こうしてわざわざこのくっそ暑い中浴衣を着て、屋台の間を歩いているのかというと。

「…足とかさァ、ダイジョーブ?」

歯切れの悪い口ぶりで声をかけてきたこの男に起因する。手なんて繋いでいないけれど、人の多さから自然と肩は触れ合う位置を保っている。最近「好きなんだけど」だなんて不器用な告白を受け、付き合うことになったのだけれど、もう2ヶ月。別にそれくらいいいのに。なんとなく寂しい私の空っぽの左手。

普段はなんということもない神社の周りも、ぼんやりと浮かんだ提灯や出店の明かりで不思議な雰囲気を醸し出している。みんな祭りが好き、というよりはこの非日常的な空間が好きなんじゃないかな。りんご飴だって焼きそばだって、特別美味しいものじゃないし。そんなことみんなみんな分かってはいるけれど、だけど買わずにはいられなくって。私だってほら今何かを食べたいって思っちゃってる。金魚をすくってみたいとか、駄菓子とか変なおもちゃしか景品がないどこか古くさい射的に目を奪われている。

「かきごおり、」

先の見えないほど続く店を横目に歩いていたら、なんとも王道なものの前で足を止めてしまった。かき氷。夏の風物詩。今まで何も言わなかった私がその名前を口にしたのを、彼はちゃんと聞いてくれていた。

「食う?」
「いや、」

食べたいわけじゃなかった。特別好きなわけじゃなかった。首を横に振った私のことを不思議そうに見ている。

「去年、食べたなー…って」

このお店のではないかもしれない。いやきっと違う。同じものを扱っている屋台なんてたくさんあるもの。それなのにわざわざ足を止めたのはどうしてだろう。

「へェ、誰と?」
「元彼」
「そ、そォ…ふーん」

あからさまに動揺している荒北。なに、もしかしてその反応は妬いてくれたのかな。そうだったら嬉しいけど、彼も私と同じで素直じゃないからそんなことを聞いても「違ェ」って怒鳴られてしまいそう。



どうしてみんな綿あめなんか食べるんだろう。作っているところを見るのは楽しいかもしれないけれど、その原料はどうだろう。ちっとも楽しいものなんかじゃない。ただ甘いだけの、それを右手に持っているのは私。一口食べると白いふわふわに赤い口紅がついた。残念ながらそれはいちご味でもなんでもない。隣の彼はたこ焼きを片手に何か言いたげな雰囲気だったけれど、それは声に出されない。首から鎖骨に流れる汗がなんだか色っぽい。まさか彼が浴衣を着てくるとは思わなかったから、正直驚いた。意外にもそれはきちんと着られている。祭りなんて、と思っていたけれど来てみると案外いいものかもしれない。だけど去年はどうだっただろうか。こんな風に思っただろうか?

「考え事?」
「ううん、別に。楽しいなって」
「…ソ」

彼はそういう私の言葉に少しだけ笑ってみせた。喜んでいるみたい、嬉しそうな顔をしていた。私もそれにつられて少し、笑った。



夜空に咲く花火はとても綺麗だった。馬鹿みたいに大声をあげたり、ぱしゃぱしゃ写真を撮ったりはしないけれど、本当に綺麗だと思った。隣でそれを見ている荒北も、そんな感じ。「綺麗だな」さえ言ってこない。それが心地よくて私もずっと黙っていた。隣にいたのが荒北でよかった。

帰り道、先に口を開いたのは彼だった。

「あの…さ、女子はみんな祭りとか好きって聞いたんだけど、違った?疲れてねェ?」
「え、なんで?」

彼の言った言葉の意味がいまいち理解しきれなくて、きっと今の私は間抜けな顔をしていると思う。

「それで誘ってくれたの?荒北こそこういうとこ、苦手じゃない?」
「…悪ィかよ」

暗くて表情はよく見えないけれど、彼はどうやら照れているようだった。自分の手で口を覆って私とは反対の道を見ている。一応「彼女」と出かけてるんだから、それはないんじゃないの。

「私も苦手だよ」

彼の顔ではなく、前を歩くカップルを見ながら私は答えた。せっかく誘ったのにこんなことを言われては、せっかく誘ってもらったのにこんなことを言っては台無しかもしれない。普通なら。だけど私はそんなことなかった。だって二人ともお祭り、苦手なんでしょう?二人同じなら別に悪いことでも何でもないじゃない。それを少々落ち込んだように見える照れ屋さんに言えば、「わりィ」って謝られてしまった。そんなつもりで言ったわけじゃないんだけどな。

「去年よりずっとずっと楽しかった」

比べる相手のこと、荒北はどう思うかな。私だったらとびきり妬いてしまうと思う。荒北の元カノさん、なんて。だけど幸せなことに彼の初めての彼女は私らしい。そう思うと自然と笑みがこぼれた。さっきの彼みたいに手で口元を隠した。

「去年ね、花火見てる時にちゅーされてさ。寒いよね」

話すつもりなんて全くなかった去年のことだけど、思わず口が滑ってしまった。思い出から軽く消してたのにな。同じ祭りに荒北が誘うんだもん、少しぐらい思い出しちゃうのは仕方ないよね。

「ふーん…」

とてもつまらなそうに、だけどそれはきっと平静を装ってるんだと思う。声がどもったのを私は聞き逃さなかった。私の空いている手をちらりと見た視線にだった気づいてる。

「ねえ、待ってるんだけど」
「…あ?」

くい、と彼の浴衣を掴んで目で合図。すぐそこの公園、きっと今なら人はいないと思う。みんな花火に夢中で、私たちみたいに帰ってる人は少ないから。自分がこんなに積極的なタイプだなんて知らなかった。いつだって相手に流されるままにしてきた私が、こんなことをするなんて。荒北は知らないよね。

ごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。緊張してるのかな、変なこと考えてるのかな。どっちでもいいけれど、変に彼がロマンチストじゃなくてよかった。

「ちゅーしてくれないの?」

そんな彼の態度に耐えられなくなって、頭の中にあった言葉を声にしてしまった。よかった、やっぱり公園には人がいない。外でこんなことする趣味なんてないけれど、今日くらいはいいんじゃないかな。ロマンチックな演出なんかいらない。ただ、単純に今私は彼に触りたかった。「だめかな、」そんな風に思ったその時、腰がぐっと引き寄せられ、ぞくりとした感覚。かれの細く冷たい指が私のうなじに添えられていた。顔は赤くしているくせに、指先は冷たいだなんて聞いてない。だって私の指は今こんなに熱い。

寒いロマンチストもうるさい祭りも好きじゃないけれど、案外、案外いいものかもしれない。たまには。

20150925
「ちゅーしてくれないの?」
story with まつこ san
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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