真っ赤なスイカは美味しかったし、久しぶりに会う親戚たちは優しかった。にこにこ笑ってはいたけれど、私は本当はちっとも楽しくなかった。いとこは年下ばかりで、いつも大人たちはその子たちの面倒を私に押し付けた。小さい子なんて好きじゃない。ぴーぴー泣いて、我が儘だし。それでも私はにっこり笑って遊んであげていた。だけど、今年の夏はどうしてもそんな気分になれなくて、散歩をしてくると言って親戚の集まっているあの家を一人で抜け出した。今年もスイカは美味しかった。スイカに罪はない。田舎が嫌いなわけじゃない。だけど田舎って、閉鎖的。なんだか息苦しくて、本当の自分をいつもいつも隠しているみたい。田舎暮らしが流行っている、なんてそんなの、人口の少ない地方に人を呼び寄せるための嘘だ。もう一度言うけれど、別に私は田舎が嫌いなわけじゃない。ついでに言うと親戚たちも嫌い、ではない。

ひぐらしは夕方に鳴くものだと勝手に思っていたけれどそんなことはなかった。当たり前だけど、彼らも生き物で鳴きたいときに鳴くのだ。固定観念を持っていたので、朝方に聞くひぐらしの声は新鮮で、今はもしかしたら夕方なんじゃないかと私を錯覚させた。日が落ちて少し涼しくなった田んぼ道。ひぐらしが鳴いている。寂しげなその声は、やっぱり夕方に似合いだと思う。蝉の一生はとても短いと聞いて、ひぐらしはそれが悲しくて鳴いているのかと思っていた。熱いコンクリートの上で苦しそうにひっくり帰る蝉を見るのは辛い。かわいそうだと思う。その蝉がなんの種類かなんて分からないくせに、かわいそうだと、そんな風に思う。思うだけで私はいつもそれを見るだけ。結局偽善者というか、優しくなんてない。かわいそうと思っている自分、で満足しているのかもしれない。こんなことを考えるくせに、明日苦しんでいる蝉を見ても同じことを思い、見過ごすのだ。

一人で歩く田舎道は悪くない。むしろとても気持ちがよかった。鬱陶しい親戚の集まりから離れて、純粋に自然を感じられる。流れる川の音は速く、覗けば澄んだ水の中を泳ぐ小さな魚。タニシやカニも時々見つけた。田んぼにはそよそよと風で揺れる緑。少し高いところから見る田んぼが私は好きだった。こんな山の中なのに、風で揺れるその姿は海の波みたいだった。



とてもとても赤いトマトが生っていた。そこは道路に面した私のおばあちゃんの畑で、私も小さい頃はよく農作業を手伝った。艶々で、張りのあるトマトを持って帰ろうと、手を伸ばした。

「わっ」

手にしたそれは、私の方からは見えなかったけれど、裏側が熟れ過ぎてじゅくじゅくになっていた。生温かくて、煮えているみたい。もちろん冷やして食べるけれど、温かいトマトって好きじゃない。畑の端にでも捨てよう、そう思って振りかぶった。

「それ捨てるん」
「え」

しゃがみこんでいた私の後ろ、頭の上から声がした。その方を振り返ると、ひょろりと背の高い男の子と、背の小さな女の子。

「翔兄ちゃん、知ってる人?」

女の子の方が私を見て男の子に話しかけた。「あきら兄ちゃん」と呼ばれた男の子は、ぬらり、とでもいうような感じで私の手にあるトマトを覗きこんだ。

「見して」
「えっと…」

二人とも初めて見る人だった。私も普段ここには住んでいないから、なんとも言えないけれど、それでも見たことがなかった。この二人も、里帰り、みたいなものかな。

「熟れすぎとるね。けど、捨てんでもええやろ。まだ食べれる。食べ物粗末にしたら、あかんで」
「……」
「翔兄ちゃん、えらい!」
「ユキちゃん、ちょっとうっさいで」

きゃいきゃいとはしゃぐこの子は、彼の妹だろうか。親戚の子?そんなこと今はどうでもよくて、それよりも初めて会う人に、お説教まがいのことを言われたのに驚いた。

「…何、あなた」
「べぇつに。ただ綺麗なトマト生っとんなて、思ただけや」
「……」
「私たち、親戚がこの辺に住んでて何日か泊りに来てるの。あなたも、そう?子供が少ない地域だし、」
「帰ろか」

ぽん、と私に柔らかいトマトを返して、男の子は言った。話しかけておいて、はいさよならって。私の質問にはろくに答えもしないで、なんだか失礼な人。女の子が話をしていたのも遮って「帰る」と言う。ムッとしたけれど、「君もはよぉ帰りね」という一言が添えられて、妙な気持ちになった。夕暮れの田んぼ道、トマトは捨てずに帰った。親戚のおばさんがトマトジュースにしてくれた。「熟れた方が美味しい」のだと言われ、少しだけ罪悪感が胸にはあった。

子供は広い座敷でみんな一緒に寝せられて、目覚めが悪かった。小さい頃はそれでもよかったけれど、今は違う。早起きをして朝食の準備を手伝えば褒められたけれど、人の多い台所は暑かった。



「これ、久屋さん家届けてくれへん?」
「久屋さん?」

おばさんが口にした聞きなれない名前に、私は小首を傾げた。年に一回しか来ないのだから、正直ご近所さんなんてよく知らなかった。手渡されたのは綺麗な風呂敷に包まれた箱で、多分お菓子か何かだと思う。何もこんな暑い時間、わざわざ私が行かなくてもよさそうなのに、面倒だなあと思った。

「ごめんなぁ。お駄賃あげるから」
「…はぁい」

気のりは全くしなかったけれど、お駄賃、という魔法の言葉に釣られてしまった。とても単純でやらしい自分がちょっぴり嫌だと思った。

外はやっぱり暑くて、歩く道に日陰なんてほぼない。「久屋さん」の家はそんなに遠くないとはいっても、炎天下の下ワンピース一枚で歩いていると、顔も腕も脚も、日に焼けている気しかしない。

「ごめんください」

インターホンというより、チャイムと呼ぶ方がふさわしいそれは、とても古びていた。家も古くはあったけれど綺麗だと思った。どこか懐かしい呼び鈴の後、すぐに「はぁい」という女の人の声がした。庭には背の高いひまわりが咲いている。

「あらっ」
「こんにちは、えっと、」
「いらっしゃい。大きくなったなんやねぇ。上がって行き」

もじもじする私の顔を見て、にこりと笑ったそのおばさんはどうやら私のことを知っていたみたいだった。私はよく覚えていないけれど、小さい頃、お世話になったのかなぁ。

「うちにも今親戚の子ぉ来とるんよ、ユキちゃん、翔くん」

部屋の中に通されて、冷たそうな麦茶を出しながらおばさんは言った。なんだかこんな風に優しくされてしまって、照れくさい。どう接したらいいか分からなくて、きょろきょろしてしまう。

部屋の奥から出てきたのは、どこか見覚えのある二人だった。背のひょろりと高い男の子と、女の子。彼らはまぎれもなく、昨日私が畑で出会った、あの二人だった。「あ、」と声を漏らした私に気づき、女の子の方もまた「あ」という顔をした。

「昨日の!」
「えっと、お邪魔してます…?」
「なんや知り合いやったん?」

それから女の子は私の前に座り、昨日私たちが会ったという話をした。小さい頃に遊んだという覚えは全くない。聞けば彼女たちも年に一度、この親戚の家へと遊びに来るらしい。男の子の方は、さっきから座ってはいるものの黙ったままだった。

おばさんはみずみずしいすいかを切ってくれた。ひまわりの見える中庭に通されて、子供三人でそれにかぶりつく。先っぽはとても甘く、口の中でしゅわりとなくなった。静かな私と翔くんをよそに、一人楽しそうにお喋りをするユキちゃんは、元気で話しやすく、感じのいい子だった。翔くんは時折相槌を打ったりしていた。まるで今日初めて会ったみたいな態度で。

いつの間にか日は傾いていて、だけど数時間何を話したかなんて覚えていない。家の中からは、夕飯のにおいがする。やさしいお醤油のにおい。どこか私のおばあちゃんの家と似ているような気がした。田舎はみんな、同じようなにおいがするのかもしれない。「お邪魔しました」と玄関を出るときに言えば、台所からおばさんがわざわざ出てきてくれた。くすんだエプロンが、なんだか懐かしい。



男の子に“送ってもらう”というのは初めてだった。私は大丈夫と言ったのだけれど、おばさんがぐい、と彼のことを押すものだからなんとなく断れなかった。だいたいこの田舎で何が危険だというのか。そんなことを言う子が一番危ない、らしい。すみません。

微妙に距離をとって、決して近くはない距離を歩く翔くん。ユキちゃんも着いてきてくれたらよかったのに、夕飯のお手伝いだそうだ。気まずいような、変な空気が流れている。田んぼから、かえるの声がする。しんとしているよりはよかった。

なにか言おうと思っても、そう思うほど難しい。気の利いたことなんて言えないし、さっきだってほとんどユキちゃんと話していたから。私よりひとつ年上だという翔くんの雰囲気は、なんとも測りがたい。おばさんは「久屋さん」を知っていたけれど、私は彼らのことをこれっぽっちも知らなかった。変なの。私にとっての里帰りって、その程度のものなのかな。そう思うと急に虚しくなった。

黙ったまま私たちは昨日のトマト畑の前まで来た。「あ」と私が声を漏らしたのは、また熟れすぎた実を見つけたから。思わず立ち止まった私のことを見て、それからその理由を察したのか翔くんも一緒に立ち止まった。

「……」

別にそうする必要はなかったのに、私はそれを手に取っていた。やっぱり中が煮えているのか、ぶよりとした感触。でも、今度はそれを捨てようとは思わなかった。

「昨日の、美味しかったよ」

翔くんから救われたあのトマト。粗末にしたら、あかんって。

「これも少し、ぶよぶよだけど。よかったら、」

私の言動に驚いたのか、一瞬彼が固まったように見えた。でも本当にそれは一瞬。それから「おおきに」って。Tシャツの裾で軽く拭いて、そのまま赤い実にかぶりついた。今度は私が驚いて、固まってしまった。だってまさかそんな今食べるだなんて。いや、そりゃあ食べてもいいし、むしろひとつ貰ったところで家族全員には分けられないから…。

「甘い」
「よかった。私が育てたわけじゃないけど、おばあちゃん、喜ぶと思う」

ぶよぶよの実は思ったより汁が弾けて、彼の口周りを赤くした。翔くんの口は大きいから、夕暮れの中それを見ると、

「ドラキュラみたい」
「ハァ?」

手でぬぐいながら、翔くんは私のことを「あほか」とでも言いたげな目で見ていた。でも本当にそんな風に見えてなんだかおもしろかった。危ないから送ってくれている彼が実はお化けだなんて、そんな子供だましな話。だけど今は無性におもしろくて、笑ってしまった。

「あ、」
「今度は何」

ふわりと風が吹いてもまだそれは生暖かい。その風に乗ってきたのは、私の大好きな季節の香り。

「翔くんから夏のにおいがする」

はじけたトマトと、草と、土と色々なものが混ざって、夏を運ぶ。私もそれを感じたくて、またひとつトマトをちぎった。もちろん熟れすぎた、ぶよぶよの。

20150901
「翔くんから夏のにおいがする」
story with カリン san
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