雲が本当はただの水蒸気で、上に乗って空を旅することはおろか、近づくことすら難しいということに気がついたのはいつだっただろう。小さかった私はふわふわの雲に乗りたかったし、あれは甘くて甘くて大きな綿菓子のような味がするものだと信じていた。今日みたいな雲ひとつない青空は、そんな幻想を思い出さない。と思っていたのに、今私は思い出している。

ーパシャ

機械的な音がする。携帯の画面には、青。写真を撮るのは得意じゃない。だけど今写したこれは、得意とか不得意とか、上手いとか下手とか。そんなことを考えなくていいような気がした。別に誰かに見せるわけでもないし。撮ったのに理由なんてなかった。当然だけど青い。なんとなくグラデーションがあるような気もするけれど、よく分からない。夕日や朝焼けの赤い空なんかは時々、本当にごく希にだけど写真に残したりする。だけど青い空、を撮ったのは今日が初めてだった。どうしてそれが今だったかなんて分からない。

「何撮ってンの」
「…美味しそう」

さして興味もなさそうな目で私の携帯を覗き込んできた彼とは裏腹に、私の目は彼の持つそれに興味津々だった。少々不格好な螺旋を描く白色、と薄いピンク色。

「苺?」
「や、桃って書いてた」
「私バニラがいいな」
「え、まじでェ」

返事を聞きもしないで彼の手から白いソフトクリーム、バニラ味を奪い取る。別にどっちでもよかったけれど、彼とその可愛らしいピンク色の組み合わせが見たくて、バニラにした。食べたかったら貰えばいいし。

「あ、これうめェ」
「一口、」
「ん」

公園の片隅、何の変哲もないベンチに二人並んで腰かける。口の中に優しい甘さが溶けてゆく。何か買ってくると言って、どこかに行った彼が選んできたこれ。どうせ例の炭酸ジュースかと思ったけれど、違った。そんな彼を待っていた間、なんとなく、本当に何の理由もなく撮った写真を再び見る。画面を開くと青い空。ただそれだけ。

「何コレ」
「さっきの」
「空?」
「うん」

綺麗だネ、とそれだけ言って視線をソフトクリームへ戻す彼。私だってそうだけど、この人も結局は花より団子みたい。

「靖友」
「なァに」
「曇って水蒸気なんだよ」
「…ハァ?」

冷たいバニラ味をまたぱくり。もう螺旋は崩れている。もうそろそろコーンを食べてもいいかな。美味しいかなあ。コーンのクオリティって、実はアイスそのものよりも大事だったり。彼は私が何を言っているのかよく分かっていない。だけど私も実はよく分かっていない。うっすい知識をひけらかしているわけではなかった。白いバニラのソフトクリームを見て、雲を思い出して、そんな些細なこと。

「ふわふわっぽいのに」
「あー、確かになァ。それで?」
「乗りたいって小さい頃思わなかった?」
「ハッ!だから空の写真撮ってたわけ?カーワイイねェなまえチャンは」

スプーンなんか使わないでソフトクリームを豪快にがぶがぶ食べる彼の姿は、まさに「野獣」という感じだった。私の質問に対してろくに答えてないし…。昔のことは知らないけれど、今の姿から想像すると「雲に乗りたい」なんて言葉、彼の口からは出そうにない。

「可愛い?」
「あーカワイイカワイイ」

何にも面白いことなんか言っていないのに、楽しそうに笑う彼。笑顔を見るのは好きだけれど、馬鹿にされているみたいで少々むかついた。私じゃなくて手元のそれを見ながら言っているのも要因の一つだった。ちゃんと、顔見てそういうことは言ってよ。

「私が可愛いって、靖友はそう思う?」

あと一口、もうそれくらいになったコーンを食べようとしていた彼の手を掴み、それを制す。ぐわ、と口を開けたまま、そして驚いたみたいな目。今私がその目を覗き込んでいる。まだ食べちゃ駄目。

「なまえチャン?」

眉をぴくぴく上下させて、動揺しているのがその表情を見て分かった。だけど口角は上がって笑みを浮かべていて、余裕なのか何なのか知らないけどむかついた。いつもそうやって、余裕ぶって。私は靖友の言葉や仕草一つ一つにどきどきして、余裕なんかないのに。だから今、こんなに近い距離で彼の手を触っていることも、私にとってはすごい事。鼓動が速い。聞こえるわけないのにそれが伝わってしまいそうで、それを気にすることでまた速くなる。

「ちゃ、ちゃんと目見て、真面目に…」
「なまえチャン」

ふい、とほんの一瞬目をそらしただけだった。だけど、痛いほどの視線を右頬に感じる。熱い視線、なんてよく言うけれどまさに、それ。私の頬は彼の視線に焼かれてしまいそう。じんじんじんじんと熱を持つ。多分、というかそれは私の体温なんだけど。私に掴まれていないほうの手で、彼は私の手を掴んだ。つまりコーンを持つ彼の手を私が掴み、さらにその掴んでいる手を彼のもう一方が掴み。

「なに、暑さにヤられちゃったァ?」
「ち、ちが…」

ぐっと距離が縮められた。私が少ない勇気を振り絞って詰めたこの距離、彼にはなんてことないものみたい。周りには人だっているのに、こんな体勢。恥ずかしくなって、耐え切れなくなって彼の手から逃げようと、手を引っ込めようとした。だけど、できない。

「ダメ、」

何が、と言いかけたその時。彼の、靖友の顔がさらに近くなって、それで。唇が触れる、こんなところで…!ま、待って待って…何も言葉を発することができなくなって、目を閉じた。

「……あ、…れ…?」

目を閉じて数秒、いつまでたってもその感触はやってこなくてそっと目を開けた。するとそこにはクックックと喉を鳴らして笑う靖友がいた。や、やられた…!

「ここじゃ流石に俺もハズいから、後でネ」

ぺち、と小さな音をたてて、彼の綺麗な指が私のおでこをはじいた。痛い。帰り道、私はさっきの彼の言葉が気になって気になって、彼の唇ばかりを見ていた。こんな私の視線、気づいていないといいのだけれど。頬はまだ熱かった。




20150517
forチコ様

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