四話


「…お待たせしました」
「…」

待ってくれていた御堂筋くんに声をかけるけれど、返事がない。彼はいつもこう、ワンテンポ遅いのかなあ。それとも、待たせ過ぎたから怒っているのかもしれない。

「ああ…キミか。なんやおもろない平凡な顔しとるねえ」
「はい…?」

そういえばさっきまでずっと舞妓さんの格好をしていて、普段とは全く雰囲気も違う。だから私が話しかけてもいまいち鈍い反応だったのかな…って、それより、平凡って!自分でも特別華があったり、可愛いとか綺麗とか、そんな風に思ったことはないよ!それにしたってストレートすぎる…。とても気になったけれど、今はそれ以上に大事なことがある。

「あの御堂筋くん、財布、ありました…」
「…ハ?」
「ロッカーの中に入れっぱなしにしてたみたい」
「キミ、ほんまにアホやろ」
「ごごご、ごめんなさい…ほんと間抜けでした…あ、そうだ!御堂筋くんこの後時間あるかな?お礼にお昼ごはん奢るよ!財布もあったことだから心配しないで!」
「別にいらへん」
「それじゃあ私の気が済まないから…ね、ね。お願い!」

御堂筋くんはいらんいらん、とずっと言っていたんだけれど、結局私のお昼ごはんに付き合ってもらう、という形で了承を得た。見つけたお店で適当に食べようと思っていたけれど、せっかくだから御堂筋くんにお店を決めてもらうことにした。










彼が選んだ食事処は伝統的な京料理が食べられるお店で、私もガイドブックで見たことがあるところだった。私はおすすめの京御膳。彼も同じものを頼んだ。なんでも特にお豆腐が絶品らしい。



「美味しい!この生麩とっても美味しいね御堂筋くん」
「もっと静かに食えへんのキミィ…」
「だ、だって本当に美味しいんだもん」



私がいちいち料理の感想を言ったり、写真を撮ったりしているのをちょっと面倒くさそうに彼は見ていたけれど、料理は美味しそうに食べていたからよかった。(自分で選んだ店なんだから当たり前かもしれないけれど)少しでもお礼になっていたらいいな。


「写真撮ってそれどうするん」
「えーっとね、アルバムにまとめたり、SNSにアップしたりー…かなあ」
「ふーん」
「御堂筋くんは写真好き?」
「好きも嫌いもあらへん。大して意味もあらへんしな」
「そ、そんなことないよ、思い出に残るじゃない?見返すと嬉しいし、その時のことを思い出して、あったかい気持ちになれるから、私は好きだよ」


目をぱちぱちとして私の話を聞いていた御堂筋くん。あんまり好きじゃないのかな、写真…。さっきは一緒に撮ってくれたのになあ…。私の言いたいこと、伝わったかな。


「…あほらし」
「…ん?」
「いや」


何か御堂筋くんが呟いた気がしたんだけど、気のせいだったかな。一瞬気まずい空気が流れたけれど、その後も彼は私の一方的な話を聞いてくれた。京都のおすすめの観光地とか、お土産とか。食後の、品の良い味のする緑茶をすすりながら、彼は携帯電話を開いた。

「…ザクか」
「お友達?」
「キモっ、そんなんやあらへん」
「キモ…」

今日会ったばかりの年下の男の子にキモイと言われてしまった…。だけど彼はそんなこと全く気にしていない様子でザクという子への返事を打っている。

「石垣くん、京都人のくせに何でそないなとこ行きたがるん…キモ」

(いしがきくん…)

「チッ、まあええわ」

ぶつぶつなにか言いながら、その長い指で携帯を触る御堂筋くん。お友達にもキモイって言うんだ…口癖、なのかな。だとしたらあんまりよくない口癖だなあ。それから返信が終わったのか適当に鞄の中へと携帯をしまう。それから再び私の方に視線を向けて口を開く。

「キミいつまでおるん?」
「明後日の夜に帰るよ」
「ふーん」


そんなことにはさして興味はない口ぶりだった。どうして聞いてきたのかは分からなかったけれど、彼のこの独特の空気に少しだけ慣れてきていた私だったので、気にはならなかった。

「明日は嵐山辺りに行こうかなって」
「はーん嵐山ァ…ハア?嵐山?」
「うん、渡月橋とか、天龍寺とか…」
「そないなこと知っとるわ」
「えっとそれじゃあどうかしたの?」
「…別になんもあらへんよ。これ、ごちそうさん。おおきに」

そう言って合掌する御堂筋くん。キモイキモイと言うわりには、そんなところはきちんとしているんだなあと変に感心してしまった。



「それじゃあボク帰るわ。もう財布落としたらあかんで」
「うん、ありがとう!本当はもっとちゃんとしたお礼したかったんだけど」
「いらん言うてるやろキモイそういうの。ほなね」
「キ、キモイは余計だよ!本当にありがとう、御堂筋くん」

それに対しての返事はなかったけれど、ひらひらと背を向けたまま手を軽く振ってくれた。こちらを振り向かないとは思っていたけれど、見えなくなるまで私はその猫背の背中を見つめて手を振った。自転車に乗ればいいのに、気を使ってるのかな?まさかね。旅先での優しい出会いに、心がじんわりと温かくなった気がした。