九話


「ここの!抹茶ソフトがその辺のとは全っ然ちゃうんですわ!」
「あ、ガイドブックにも載ってたよ。地元の人でも食べたくなるものなの?」
「まあ、そないに頻繁には食いまへんけど、通ったら気になるなあ」
「へ〜、でもとりあえず一周してから決めようかな」
「即決してくれへんのですか!」
「はは」

水田くんおすすめの抹茶ソフト。確かに綺麗な緑色で、並んでいる人も多い。とても美味しそうだけど、優柔不断の私はなかなか決められない。参道をさっき一人でなんとなく見たつもりだったけれど、改めて人に紹介されながら歩くとまた違って見えて面白い。山や川を見て、綺麗だね、うんそうだねっていう会話が、こんなに嬉しかったかなあと感じる。みんな当たり前だけど京都のことには詳しくて、お土産にはこれが外せないだとか、あそこは人こそ少ないけれど絶対行くべきだとか、細かに教えてくれた。水田くんは財布の中からクーポン券を取り出して山のようにくれた。使うかはちょっと分からないけれど、その心づかいが嬉しかった。


「みょうじさんは何でまた京都に?」
「前にも旅行で来てね、ありきたりな理由なんだけど、こんなに綺麗な場所が日本にあるんだって、感動しちゃったの。私の住んでいるところにも自然はあるんだけど、なんだろう、違うんだよね。」
「そないな風に言ってもらえて嬉しいですわ」
「別にお前の京都と違うやろ井原」
「べ、別にええやんか」
「あはは、それにね、歴史ある街だから雰囲気がやっぱりすごくあるよね。ここに住んでいる人からしたら変に思われちゃうかもしれないけど…何て言うか…空気に色がある、感じがすごく好き、かな」
「俺たちも案内しがいがありますわ、楽しんでって下さい」


人にはあんまり言わないようにしていた空気の、雰囲気の色のこと。だけどなんとなく言いたくなった。多分伝わっていないような気がするけれどそれでもよかった。京都が好きな、京都の人たちにそれを言えただけでもいいかなと、そう思った。

「野宮神社、行きました?定番ですけど」
「あ、竹林の先だよね」
「あほ、そないなとこ行くんは当たり前やで石やん」
「じ、実は行ってないんだよねさっきその、道外れたほうに行っちゃったから」
「ああ、だからさっき」
「そうそう、偶然だね」

そう、さっき人のいないほうに何故か惹かれてメジャーな観光名所の方をスルーしてしまった。もういいかなとも思っていたので、石垣くんが提案してくれてよかった。

「確か源氏物語にも出てくるんだよね」
「へ〜」
「へーってお前、古典で最近習ったやんか」
「辻よう覚えとるなあ」

みんなでわいわいと歩く竹林は楽しい。自分と風景、あと食べ物くらいしか撮っていなかったカメラが賑やかになる。横顔や、後ろ姿。なんてことはない写真がとても好きだし、その時を思い出させてくれる。

「御堂筋くんは、よく嵐山来るの?」

さっきからあまり話していなかった、彼に声をかけた。みんなとは少し距離をとって後ろの方をぽつりぽつりと着いてきていた御堂筋くん。昨日知り合ったばかりだけれど、制服姿がなんだか新鮮だと思った。彼も、高校生なんだなって。


「たまァに、練習で来るくらいやね。観光とかせんよ」
「そっかーもったいないね。高校は伏見、だっけ。いいなあ。私まだ行ってないんだ」


さして興味はなさそうだったけれど、こうやって着いてきてくれたことが嬉しかった。この短い間だけど彼らのことを見ていたら、部活以外の時間御堂筋くんはとても静かだということが分かった。さっきは先輩にも堂々とものを言っていたけれど、今は口数が少ない。逆にさっきしずしずと、どこか気を使っているようにも見えた他のみんながとても元気で、よくいる高校生、らしくて笑ってしまった。三年生のみんなとは一つしか年が変わらないのに、なんだか自分がひどく年をとった気がした。

「さっきキミ…」
「ん?」
「あ!みょうじさん!こっちこっち!」
「はーい!…御堂筋くん、どうしたの?」
「…なんも、あらへん」
「?」

水田くんが楽しそうに手招きをしている。御堂筋くんが何かを言いかけていたけれど、よかったのかな。聞きなおしても、ぷいとそっぽを向かれてしまったのでそれ以上は何も聞かないことにした。


木々に囲まれた野宮神社の空気はとても澄んでいて気持ちがいい。綺麗な石畳に、歴史を感じる樹皮のついたままの鳥居。赤い鳥居や石の鳥居も素敵だけれど、こんなものがあるんだと思わず見入ってしまう。以前来たときには特に気にもしなかったのに、今ではこんなにも私の視線をとらえる。

「黒木鳥居言うんですよ」
「……綺麗」

素敵な鳥居を抜けて、手水舎で手水をすませた後本殿にみんなで手を合わせた。ここでは日頃の感謝とか、そういったものを思うのが一般的らしい。それから野宮神社といえば縁結び。みんなが好きなところを見て散り散りになっている隙に、祈りを込めて撫でると願いが叶うという神石を、私は一人撫でた。好きな人…って別に今はいないけれど、素敵な人と出会いたいっていう気持ちは無いわけじゃない。京都色々なところに縁結びの名所はあって、全ての場所で願うというのも図々しいけれど、ここでまずは願わせてもらった。

「あ、ええですね」

一人それこそ石のように気配を消して一生懸命撫でていたのだけれど、私がここにいることがバレてしまった。

「石垣くん」
「俺もここ来たの久しぶりなんです。撫でとこ」

茶化すでも、見て見ぬふりをするでもなく、そんなことを言って彼も石を撫でる。その手つきは優しくて、どこか楽しそうだった。神頼みをしなくても、モテそうなのになんて余計なことを思った。それは口にしないでおいた。

「今日の練習嵐山にしよう言うたの俺なんです。学校の周りでもよかったんやけど、やっぱここにしてよかったですわ。普段観光とかせんし、みんな楽しそうやから」
「そうなんだ…えーっと、石垣くんは部長さんなんだっけ?」
「はい、けど実質うちのチームの中心はあいつ、御堂筋なんです」

ちらりと一人でぼうっとしている御堂筋くんの方を見やる。

「あいつもなんや楽しそうやし、みょうじさん、おおきに」
「えっ、何で?私何もしてないよ!」
「あいつがみょうじさん助けた聞いて驚いたけど嬉しかったんです。他人に興味なんか全くないし、部活のときはシビアなやつやけど、優しいとこあるんやって。」
「そうなんだ…」
「まあ、みょうじさんべっぴんさんやしな」
「ちょ!ちょっとやめてよ石垣くん!」

真面目な声のトーンで話していたと思えば、最後にそんなことを言うものだから石垣くんも普通の高校生なんだと思わされた。だけど女の子と話すのには慣れているみたいだった。彼女いるの?なんて野暮なことは聞かないことにした。


「石やん!みょうじさん!そろそろ行こか〜!」
「おー」

石垣くんが部長だというのが、なんとなく分かった気がした。