六話


目覚めはとてもすっきりとしていた。目を開けるといつもとは違う天井に、空気。そうだ、私は今京都に来ているんだ、そう思うだけで顔が自然とほころぶ。一人旅というから、もっと寂しいのかもしれないと思っていたけれど、そんなことは全然なかった。確かに美味しいものを食べて、綺麗なものを見て、それを共有する人がいないというのは少々残念だけれど、だからといってつまらないとは感じなかった。自分のペースでゆっくりとこの街を楽しむことができるという点では、一人も悪くないと思えた。見るもの聞くものすべてが素敵で、ずっと見ていたいずっとこの街にいたいと思う。初めて来たわけではなく、以前訪れたことがある場所でさえもそのように思った。お気に入りのワンピースに着替え、化粧はいつもより丁寧に。早く外に出て行きたいはやる気持ちをおさえ、鏡に向かう。誰と一緒にいるでも誰に見られるでもないけれど、大好きな場所にいるのだから、きちんとした自分でいたい。見た目だけではいけないことは分かっているけれど、やっぱり女の子だし、少しでも、少しでも可愛い自分でいたいのだ。大切に使っている、百貨店で買った口紅をきゅっと最後にひいて、ほんの少しだけ香水をつける。街の雰囲気に合うように、派手な香りのものではなく桜の優しいもの。それこそ、京都のお土産でもらったものだったりする。準備を終えて外に出ると、もう太陽がさんさんと照っている。今日も暑くなりそう。今日のメインは嵐山。あの自然を思うと今すぐにでも走り出したい。まずは喫茶店でモーニングを頂こう。確かこの近くに可愛いお店があったはず。



電車の揺れが心地よい。普段も電車は利用しているので、それは明らかに京都マジックであるけれど、本当だった。早く着いてほしいという気持ちとまだ着かないでほしいという気持ちが胸の内をぐるぐるしていた。着いてしまったら楽しみがなくなってしまうようで、だけどやっぱり早く行きたくて。電車内は地元の人達も多く、京都弁が聞こえてくる。部活に行っている学生、スーツのビジネスマン、おじいちゃん、おばあちゃん…。女の人が話しても男の人が話してもどこか色っぽく、何割増しか素敵に見えた。ずるいなあ、はんなりしてて。私には出せない雰囲気だと思うとそれがまた羨ましさを強くさせた。そういえば、御堂筋くんもはんなりしていたと思うから、やっぱり羨ましい。


ぼんやりと考えていたら、観光客らしき人たちがぞろぞろと降りていく。…カップル、多いな。昨日もそれは思っていたことだったけれど、どうも目についてしまう。羨ましいから、とかそういうわけではないと思いたい。でも一人で来ている私に、写真を撮ってくださいって言うの、わりとやめてほしいです…。しかも同年代くらいだとなおさら切ない気持ちになる!困っている人を助けようとは、そう思うけれど、それとこれとは少し話が違うのだ。私もいつか好きな人と一緒に京都旅行…してみたいな。そんな自分の姿は想像がつかなかったけれど、きっと好きな人と一緒なら楽しいと思う。自分が大好きな京都ならなおのこと。それも京都が好きな人と、来れたらいいな。いつになるかは分からないのが虚しいけれど。





駅を降りたら、そこは私の大好きな「京都」だった。山や川があるため、空気はとても澄んでいる。清水寺や坂の辺りを「桃色」と感じたけれど、ここは柔らかい「緑色」だと思う。初夏、山の緑は青々と輝いている。太陽が反射して爽やかな風が吹いて、どこからか甘い香りだったり、懐かしい香りを運んでくる。ここに来た、という気持ちを残しておきたくてシャッターを切った。そんなに写真は得意ではないけれど、とてもいい一枚が撮れたと思った。嵐山と、並ぶ店。緑色と木造建築の茶色がすごく綺麗。

立ち並ぶお土産屋さんもとても魅力的だけれど、まずは天龍寺へと向かう。とても大きなお寺で、神社仏閣好きとしては外せない。境内を歩くとじゃりじゃりと鳴る音が心地よい。いくつかの建物が並び、荘厳な雰囲気だけれど、親しみやすさもある。開かれたお寺、という印象を持った。講堂に参拝した後庭園と法堂の「雲龍図」を見に行った。仏教芸術への知識はないけれど、それでも見たいという気持ちはきっと誰しもあると思う。ミーハーだけど、私もその一人。天井の八方睨みの龍を見たのはこれが初めてで、暗くひんやりとした法堂に入り上を見上げるとドキリとした。本当だ、目が合う。どこから見ても睨んでいるという龍はここに来た全ての人へとその視線を向けているのだと思うと緊張した。何かはかられているような、悪いことを見透かされているような不思議な気持ちになった。他にも法堂の中には様々な美術品があり、思わず見入ってしまった。外に出ると今まで暗い所にいたため、明るさに目を瞑った。うーん、とても良いものを見た。


なんとなく見やった掲示板。定例行事として坐禅会や写経も行っているらしい。パンフレットを二部ももらってしまった。


天龍寺法堂の「雲竜図」の公開日は時期によって違います。公式HPに掲載されています。