五話


彼と別れた後はお土産屋さんを覗いたり、当たり前だけど神社仏閣へ足を運んだりというなんともテンプレートな京都観光をした。おいしそうなお菓子や漬物など、見ているだけでもわくわくする。生八ッ橋はあまり日持ちをしないから、最終日に買おうとそう思っていたけれど、数々並ぶそれを見ていたら自然と店の中に入っていた。でも色々な味があるし、下見も必要。今は夏ということもあり、期間限定の桃味やラムネ味、マンゴー味といったものまである。頻繁に食べるものではないからついついどの味も気になってしまう。試食がそれぞれ置いてあるためか、店内はにぎわっている。食後ということもあり、少々満腹気味ではあったけれど、気になった桃味と、オーソドックスなニッキを一口ずつ食べた。柔らかな触感と、強すぎない香り、中に入った餡も上品で後味もよい。「京都」を感じるものは数多くあるけれど、八ッ橋も外してはならない存在だと思う。今日まだ買う予定はなかったけれど、ホテルで食べようと一つ買ってしまった。

普段暮らしている街と同じ日本なのに、こうも違うのかと改めて思う。旅行に来たら誰しもそう思うのかもしれないけれど、私は特別京都に関してはその思いが強かった。大学の先輩で京都に就職した人がいたけど、住むとまた違うよ、と言っていた。そういうものなのかあ。毎日和服を着て毎日お寺に行きたいとか、そういうわけではない。街全体に流れる空気感が私は好きだった。たとえるなら、空気に柔らかな桃色がついたような。それをいつか友達に言ったことがある。しかし、いまいち理解してもらえなかったのでそれ以来口にはしていないけれど、心の中ではずっと思っている。柔らかな色。



財布を落としたという一件など、なかったかのように私の心も景色も穏やかだった。時計を見ると18時。少し早いけれど、ホテルの方へと向かう。ホテルは京都駅の近くで、古き良き日本と、現代的な雰囲気が調和したところだった。一人だからそんなに高いホテルではないけれど、清潔で交通の便もよく満足だった。夕食に何を食べるかを全く決めてはいなかったけれど、荷物をまとめなおし、気分に任せて外に出た。昼に食べたお豆腐に湯葉、生麩…美味しかったなあと思いだしては涎が出そうになった。それと一緒に大きな目をくりくりさせていた、あの彼のことも思いだした。

「御堂筋くん、かあ」


なんだかんだで優しい人だったなと、また心が温かくなる。京都の人は本音を言わないとか、実は冷たいとかそんなことを聞いたこともあったけれど、私はそうは思わない。彼も、あのお豆腐屋さんのおばさんも、とてもとても親切だったから。それが嘘だったとしても、私によくしてくれたのは本当だから、やっぱりいい人、なんだと思う。私も誰かが困っていたら助けてあげたい、なんて小学生みたいなことを考えながらほの暗くなった京の街を歩いた。