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とても暑い朝だった。枕元に置いた時計に目をやると、時刻は8時。寝汗なんてほとんどかかないのに、何故か今日はじっとりと背中が濡れていた。気持ちが悪かったけれど、体は重くシャワーを浴びるのが煩わしい。ポーチに確か汗拭きシートがあった気がする。寝ぼけなまこでそれを取り出し、雑に汗を拭き取った。昨日たたみもせずに脱ぎ捨てたデニムに、適当なTシャツ。化粧は日焼け止めに、眉毛を書くだけで十分。散歩してくるとだけ言って、玄関を出るとやっぱり外も暑かった。生憎腕に日焼け止めは塗っていない。できるだけ日陰を歩きたいけれど、それがない。じりじりとした紫外線は、今年も容赦なく私の肌に突き刺さる。美白を貫く、今年こそ焼かないって、そんなこと毎年毎年言ってる。



「あきらくん」

私が声をかけたのに、彼は聞こえたのか聞こえていないのかどちらとも言えない表情で、ぼうっとしたままベンチに腰掛けていた。返事をしないから私から歩み寄って、隣に座る。すると「あァ」なんて気のない返事をひとつ。公園は休日だというのに私と彼しかいなくて、なんだかとても奇妙な感じがした。

「そんで忘れ物て、何やねん」

おはよう朝早くにごめん、なんて当り障りのない会話をして、それから彼が切り出した。別段私の方を見ながら言うわけじゃなくて、その視線は目の前のブランコに向けられている気がした。私が見ていただけかもしれないけれど、なんとなくそんな気がした。ブランコの色褪せた赤が、爽やかな朝なのにどこか侘しさを醸し出していた。

「これ、」
「………」

若干皺のついたデニムのポケットから、銀色の小さな袋を取り出す。独特の感触はあまり自分では触らないものだったので、思わず「う」と小さな声が漏れてしまった。初めて見るわけでもないくせに。彼は私のその反応に関しては、全く何も言わなかった。だけどこちらを、私を見ている目はおおよそ優しいとは言い難いものだった。

「…用事て、それだけなん。わざわざ…」
「でも、あきらくんのだから」
「なまえちゃん家置いとけばええやんか」
「…だって」

先週彼が私の家に来た時、忘れていったもの。故意に忘れたわけではなさそうだけど、それは全く関係ない。私の家に「これ」があるなんて、気持ちが悪いから、わざわざ彼を呼び出した。彼はそんな私のことなんてこれっぽっちも分かってなどいない。

「…やだ、」
「…?」
「あの時の、あきらくんの牛乳みたいに白い肌を思い出しちゃうから、嫌、」

我ながらもっといい例えはなかったのか。だけど口に出してしまったものは仕方がない。怪訝そうな顔をした彼のことは見つめないで、地面に視線を落とした。

「何、ボクとえっちしたの、嫌やったん」
「…そうじゃ、ないけど」
「じゃあ何」

彼の声は怒っていなかった。苛立ちも、あまり感じない。それこそ普段の何を考えているかよく分からない、そのままの彼の声だった。私の手にあるコンドームを、受け取ってはくれない。行き場のない私の手は宙ぶらりん。こんなものを握っている自分が嫌だった。どうして受け取ってくれないの。捨てればよかったのかもしれない。だけどそれはなんだかあの日の彼とのセックスを、捨ててしまう気がして嫌だった。使用済みのゴムは、簡単に捨てちゃうのに。そんなの、私にはよく分からない。彼にとっては心底どうでもいいのかもしれないけれど、私にとってはそうじゃなかった。

「私、あきらくんのこと、好きだよ」

ゆっくりゆっくり口にした言葉はとても簡単なもので、それなのに何故かうまく言えた気がしなかった。私の声なのに私じゃないみたい。震えて、やけに小さい。まるで自分に言い聞かせているみたいだと、言ってから思った。そんなことは、ないはずなのに。私はちゃんと彼のことが好き。

「…なまえちゃんは初めてやったし、気持ち悪かったんやろ。…無理強いはせんよ」

私の態度に違和感を覚えたのか、彼は妙に優しい言葉をかけてくれた。先程までのどこか面倒くさそうな、そんな雰囲気は微塵も感じない、だけどやはり淡々とした口調でそう言った。宙ぶらりんになっていた私の手の先にあったものも、すっと受け取り自分のポケットにしまってくれた。

「ボクも、なまえちゃんのこと、ちゃんと好きやで」
「あきらくん、」

恐る恐る手を握ってきた彼の手はひんやりとしていた。こんなに暑いのに不思議だ。きゅっと唇を噛むことしかできない私は面倒な彼女なんだと思う。だけど彼が私のことを好きだと言ってくれた。それなら好きでいてほしい。私のことを、ちゃんと好きでいてほしい。だけどあの時の、セックスのことを、思い出すと胸がつまってしまう。今優しく握ってくれている手も、私の腰を、胸を、色んなところを荒々しく触っていたのと同じもの。そう思うと駄目だった。彼のことはとても好き。だけど私が子供なのか、あの牛乳色の肌と、ぎらぎらした目を思い出すのが、苦しい。首につけられた赤い跡はもう消えていたけれど、鏡を見るたび泣きたくなった。あんなの知らない。私は知らなかったのに、この人は知っていた。

「今日暑いな、」

さっき彼が「なまえちゃんは初めて」って言った言葉がひっかかる。私「は」ってことは、あなたは。そんなこと考えたくなくて、「暑いね」って、中途半端な笑いと一緒に返事をした。


20150617
Title by 星食
Material by 裏道ネバーランド
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