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彼女と結婚して、2年が過ぎた。こうして今現役のプロとして選手でいられるのも、彼女の支えがあってこそだと、強く感じる。今日はスタメンで出ると試合前に電話をしたら、来てるよと穏やかな声がした。相変わらずうちの奥さんは、俺を喜ばせることが上手だ。俺のことをいつだって誰よりも応援してくれる。いつもありがとう、そんな当たり前のことを思いながらピッチへ出た。

歓声が聞こえる、気持ちが良い。この空気が俺は昔から変わることなく好きだった。もちろん緊張やプレッシャーはひどく感じる。プロとしてサッカーをするようになってから、それは日に日に強く感じるようになった。だけど、その空気は快感にも似た感覚。

「郭、今日の調子は?」
「いつも通り、快調ですよ」

生意気な奴だな、そう言って先輩は笑う。今日はいつもの何倍も動ける気がする。足が軽い。早くボールを蹴りたい。アップをしながら、観客を見渡す。

(見つけられるわけ、ないか)



試合開始のホイッスル。その音を聞いてもう一度思った。今日は何倍も動けそうだ、と。根拠はきっと、彼女がいるから。

「郭!スペース!」

仲間の声が聞こえる。右にフリーのFW、僅かだけどパスを通せるスペースを見つけた。俺にはマークが2人。格下のチームとはいっても、相手もプロだ。なかなか振り切ることができない。こんなに素早くマークできるなんて、正直思っていなかった。

「こっち回せ!」

見かねた先輩が声をあげる。彼にもマークは1人、ぴったりとついている。あなたも振り切るの、難しいんじゃないですか?辺りを見渡してもこれといった突破口がすぐには見つからない。仲間のポジショニングはどこもパスを出すにはリスクが高い。せめてもう少し…。そんなことを考えていては何もかも遅い。何より俺、そんなに頼りないかな?

「…何、言ってるんですか」

小さく呟いた。そし今自分ができること、すべきことを本能的に理解した。ほとんど考えてなんかいなかったんじゃないか。体は頭よりも先に動いていた。前線へ強いロングパス。それを受け取ったFWの放ったボールは、勢いよくゴールネットを揺らした。


会場が沸く。太鼓の音、旗が風になびく音。サポーター達の声援、相手チームのブーイング。様々な音が重なり合ってスタジアムは一気に熱を増す。

「郭!お前すげーよ!さすがだな!」
「やってくれるぜ!」
「ナイスアシスト!」

周りにはチームメイト達が集まってくる。肩や背中を叩かれ、笑顔を向けられて俺も自然と笑顔がこぼれる。それから観客の声も確かに俺の耳に聞こえてきて、

「郭〜〜!」
「郭くーん!」

ホームでこんなにスムーズなアシストは久しぶりで、気分は最高だった。大きな歓声は嬉しい。一つ一つの試合はどれも大切だけど、特に大事な試合はやっぱりある。そんな特別な条件なんて全て忘れて、ただ彼女が見ているというだけで、俺はこんなにも頑張れる。まるで子供だと自分でも笑ってしまう。だけど、君は確かに俺の理由だった。



彼女はしきりに何かを俺に叫んでくれていた。もちろんそれが何かは聞こえないけれど、その表情は鮮明に見えた。見つけられるわけないと思っていたのに、しっかり見つけてしまうあたり、俺は彼女にベタ惚れなのだと思い知る。そんなこと、照れ臭いから言えやしない。俺が自分の方を見ていると気がついたのか、にっこり満面の笑みを浮かべて手を振る。俺も軽く手を振り、笑顔で応えた。ファンサービスなんて普段全くしないけど、今日は特別。チームメイトがにやにやしながら彼女をこっそりと指さした。

「あれ、嫁さんだろ?お前が手なんか振ってんの、珍しいと思ったらそういうことかよ〜このこの!」
「…羨ましいでしょ。お前も早く結婚したら?相手がいれば、だけど」
「て、てめ!」
「はは、冗談」
「冗談に聞こえねーよ!」

そんなことを言い合って、それからもう一度君の方を見た。今日はまだまだ動ける、見ていてほしい。


「いける、」

とても抽象的な言葉。だけど本当にそう思ったんだ。小さく口に出して、再びピッチへと走り出した。


20150530
Material by 少年チラリズム
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