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※例の居酒屋反省会後



深夜過ぎ、家に帰るとまだ明かりがついていた。俺を待ってくれていたのかそれともただ単に電気を消し忘れたのか。どちらにせよリビングへそっと向かい、あまり音を立てないようにした。



「…お帰りぃ」
「ただいま…飲んでたの」
「ん…」

どうやら彼女は俺のことを、一応待ってくれていたらしい。グラスをなんとなく覗けば、先月韓国で買ったマッコリがなみなみと注がれていた。これは一杯目二杯目ではなさそうだ。周りを見れば倒れたビールの缶。

「どうしたの、珍しいね」
「英士、」
「…大丈夫?…俺ここ、」

テーブルに突っ伏したまま右手で宙を掴もうとする彼女の手を、きゅっと握った。握り返す彼女の力は弱く、だいぶ酔っているみたいだった。俺も酒に強い方ではないし、今日は特に大人数だったから量を抑えておいて正解だったかもしれない。声にならない声で彼女が何かを呟いている。いや、呻いていると言ってもいい。

「寝ててよかったのに」
「んー、」
「…水持ってくるから」
「………ありがと」

俺も喉は乾いていたけれど、まずはなまえに飲ませてあげることにした。きっと酒しか飲んでいなかったんだろうから。さっき買った烏龍茶を残しておけばよかったと、少し思った。水を渡せば意外にもすぐ顔をあげて、ぐびぐびと飲んでくれた。顔はそこまで赤くないから、酔っているのかいないのかよく分からない。だけど、彼女は確実に前者だ。

「…楽しかったぁ?」
「うん、懐かしいやつにたくさん会ったよ」
「風祭くん、帰って来てたんだっけ?」
「そうだよ」

会話ができないほどではないと分かり、安心して俺も一口水を飲んだ。なんだか酒くさい味がした。別に嫌な気はしなかったけれど。彼女を見ると目は虚ろで眠たそうだった。明日仕事は休みだって言っていたけれど、それにしたって飲みすぎじゃない?

「…て、たんだよね」
「なまえ?」
「藤代くんの、元カノさん」

目はぼんやりして今にも閉じてしまいそうだったけれど、その口調ははっきりとしていた。ここにいない、俺が先程会ってきた男の名前を、はっきりと声に出してみせた。笑うでも怒るでも泣くでもなく。およそ無表情と言ってもよい顔で彼女は、俺を見つめながらそう言った。

「…来てたよ」
「………」

どうしてなまえが一人でこんな無茶な飲み方をしていたのか。俺はその理由を頭のどこかで分かっていた。そうでなかったらいいと思っていたけれど、その予感はど真ん中を射ていた。

「俺は話してはないけど、」
「…藤代くんと、は」

歯切れが悪い。酒が入っているのもあるけれど、それだけではないはずだ。確信を持ってそう思った。彼女が藤代の名前を口にしたから。何を言いたいのか第三者が聞けばきっと何も分からない。だけど俺には分かった。今彼女がどんな答えを求めているのか。

「隣に座ってたよ」
「…ふぅん」
「気になる?」
「別に、」
「彼女、桜上水の奴と結婚したんだって」
「…そう」

その反応は俺が予想していたものとは違って、正直驚いた。それから、もう口に酒を運ぼうとはしていないみたいで、安心した。とても静かな真夜中、お互いに飲んでいて頭はぼうっとしている。これはもしかして夢かななんて思ってみたけれど、そんなことはない。考えるだけ時間の無駄だった。俺も彼女も眠たいはずなのに、すぐに「寝ようか」とお互い言い出さない。

「妬けるんだけど」
「…何が」
「なまえが藤代藤代言ってた時のこと、思い出してさ」
「はは、」



U-14の試合、見に来てなんて言わなければよかったって、俺はあの時思ってた。君が藤代ばかりを目で追っているって、ベンチから見ていた俺は気づいていたから。もちろんあいつは俺と同じ都選抜にも選ばれた。あいつの実力なら当たり前だし、俺だって認めていた。なまえが選抜の試合にも行きたいって言ったとき、それは俺じゃなくて藤代を見に行きたかったんだっていうのも分かっていた。俺に「藤代が好き」だと言ったなまえの表情は、今までで一番女の子らしくて可愛かったのを今でも覚えている。

「英士が…、藤代くんの名前出したりするから、少し思い出しただけだよ」
「…好きだったもんね」
「やめてよ、今は……」
「ごめん、そんなんじゃないんだ」
「…ごめん、私も深い意味なんてないの、ただ、本当に少しだけ、思い出してただけだから」

ゆっくりゆっくり言葉を紡ぐ彼女の目は潤んでいる。今はそれに敢えて触れず、ぼんやりと聞くことだけに意識を向けた。

「初めて好きになった人だった、から、」
「…うん」
「英士が、今日会うって聞いて、何でかもやもやしちゃってた。それで元カノさん、桜上水って聞いてたから、今日も来るんだろうなぁって、」

ダイニング、彼女の向かい。俺がいつも座っている所に腰を落とし、彼女の顔をのぞき込んだ。俺が座ったことなんか気にも留めず、ぼうっとした表情のまま。

「藤代に自慢してやったんだ」
「……え?」

どうやら言いたいことがまとまらない彼女を差し置いて、俺が次の言葉を発した。それには驚いたような、なんとも微妙な表情をしていた。

「なまえが俺の奥さん、って」
「…………自慢、でしょ。それは」
「はは、さすが」
「ねえ英士」

彼女は少し熱を持った手を、俺の手に重ねた。その薬指に光るのは、俺が贈った指輪。

「英士を好きになってよかった」
「ありがと、」

俺は昔からずっと、君しか見ていなかったよ。欲を言えば君もそうであって欲しかったけれど、そんな贅沢は言わない。今だって、俺にはとても幸せすぎる毎日だから。好きになってくれてありがとう。

「もう遅いから、休もうか」
「お酒、」
「明日ね、今日はおやすみ」
「…ん、英士」
「はい」
「おやすみ」
「うん、おやすみ」

同じベッドに入るのに、あらたまった挨拶をして席を立つ。瞼を閉じる前も俺たちは再びおやすみと、愛おしい人へ囁くのだと思う。おやすみ。また明日。



20150527
Title by 星食
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