short | ナノ

雪が積もっていた朝だった。テンションが上がって、よし雪合戦しよう、なんて思考回路はいつの間にか閉ざされてしまっていたみたい。昨夜のアルコールが残っているのか頭はまだ痛い。心なしか気持ち悪くて吐き気もする。そんな決して爽やかではない気分の私の目の前には今真っ白な雪が広がっていた。もうすぐ春が来るというのにまだ空は雪を落としてくるのか、そうかそうかと少しばかり寝ぼけた頭で考えた。別に雪は嫌いじゃない、むしろ好き…、うん好きだと思う。のそりとベッドから起きあがって水でも飲むことにした。変に喉が渇いていて唾も気持ち悪く、うまく滑り落ちてくれない。荒れたシンクを見て誰がこんなに汚したんだとため息をひとつ。全く覚えていないけど間違いなくそれは私…と、一緒にいた友達のせいなんだろう。大学生になって一人暮らしを始めたのはいいけれどこんなに堕落しきった生活でいいのだろうか。よし今日から切り替えるぞという決意はこういうことがある度に思う。冷えた空気は家の中まで見事に伝わってきていて、エアコンのスイッチを入れた。水を飲んだらほんの少し頭がすっきりした気がした。朝ご飯はいらないや。もう一度眠りにつこうと足をベッドへと向けた、その時。誰かが洗面所にいることに気付いた。水の流れる音と…ドライヤーの音。

え、ちょっと待て昨日誰か泊めたっけ。いや、その前に昨日誰と一緒にいたのかも記憶は曖昧だ。…友達、友達、友達。考えを巡らせど思い出せない。とりあえずは友達で、心配はいらないかな…?この完全には覚めきっていない頭でそんなことを考える。とりあえず洗面所の扉を軽く叩く。コンコン、誰だっけ?おはよう。…返事はない。ドライヤーの音が聞こえるだけ。聞こえていないんだと思う。今度は幾分か強めに叩いてみる。コンコン。またしても返事はない。面倒になって、何よりここは私の家だ。遠慮しているのが馬鹿らしく洗面所の扉を開けた。おっはようございまーす…

「…は、」
「あ、起きました?」



「…」

ぱたん。開いた扉を閉める。今見たのは、何だろう。私まだ寝ぼけているのかもしれない。もう一度水が飲みたくなってグラスを手に取る。

「ちょ、先輩!なんで閉めるんスか!」

高校時代の後輩、藤代。…そういえば昨日はサッカー部で飲みに行って…何人か家に流れで来て…、そこから記憶は曖昧だ。多分酔いつぶれてしまったんだろうけれど、馬鹿みたい。

「…泊まったの」
「先輩がいいって言ったんで」

…言ったっけ。今私の目の前にいるのは仮にもプロのサッカー選手。へらっと笑ってみせるその笑顔は昔と何ら変わらない。

「渋沢くんとかは、」
「いましたよ、帰りましたけど昨日」
「一緒に帰んなさいよ」
「だって雪降ってたんですもん」

ですもん、そう言って口を軽く尖らせる。一ミリでも可愛いと思ってやってるのか天然なのか。…いや、こいつは大体少々あざといところがあった。可愛いだなんて思わないし言うのも面倒だからそれについては何も触れなかった。

「帰んないの」

わしゃわしゃと髪をタオルで拭きながら私の言葉を聞く藤代。ったくそれは誰のタオルだ、誰の。しかもこの間お母さんから送られてきたそこそこいいメーカーのタオル。私はまだ使ってないんだけど、どこから出したこいつ。

「朝ご飯食べたいです」
「あつかましい」
「卵焼き、とか」
「やだよ面倒くさい」
「じゃあ目玉焼き」

目玉焼き、なら…と少々口ごもったのを見逃さずにまたへらっと笑って距離を詰めてくる。その笑顔にどこか圧倒されるものがあって私は頷いてしまった。

「やりー!あ、先輩、シャワー浴びてからでいいっスよ!俺テレビ見てますから」

ほら早く早く、と背中をぐいと押された。あーうん…と若干どころかかなり流されてしまった。

「覗きましょうか」
「しね」
「ははは、あ、今日晴れっぽい」

じゃあ雪溶けちゃうじゃん、雪合戦しときます?お天気キャスターが、今日の天気を爽やかな笑顔で伝えている前でこいつはなんだかむかつく笑顔で私に言った。まるで高校時代を思い出すような気がした。積もった雪が妙にきらきらして眩しかった。


20120226
20150522 加筆修正
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