short | ナノ

「はい」

そう言って手渡されたのは、細くて頼りない紐みたいな花火やった。去年の残りやろか、彼女の手にある袋の中にはあと少ししか入ってへん。

「するん?」
「するん!」

まるでボクの真似でもするみたいに、歯をカチンと鳴らすなまえちゃん。わりと今のむかついたで。別に言わへんけど。言いだしっぺのくせに、火をつけるのは怖いらしい。なんやそれ。

「指燃えそうだもん」
「アホか」

そうは言っても、結局彼女のために火をつけてあげるあたり、ボクは甘いのかもしれん。ここで嫌や言うて、また妙な物真似されたらかなわんし。初めに彼女の花火に火をつけた。ぱちぱちと音を立てながら、火花が弾ける。橙色のそれを別に初めて見るわけではなかったのに、ひどく綺麗やと思った。

「はい、火」

自分の花火にも火をつけようとしていた矢先、彼女から楽しげに声をかけられた。ボク達の花火の先が合わさって、火がゆっくりと移る。しゅ、と一瞬独特の音がして、火花が散った。

「どっちが長いか勝負する?」
「後からつけたんが長いに決まてるやろ、勝負にもならへん」
「なんだよー」

ぶーぶー言うて口を尖らす。暗くてよう表情は見えへんけど、多分へらっと笑てるんやと思う。何がそんなにおもろいんやろか。普段からまあころころと変わるなまえちゃんの表情は見てておもろい。嫌いやなくて、むしろボクはそれが好きやった。あえて本人に言うたりなんかせんけど、好きやった。そんなことを何となく考えとったら、緩い風がひゅうっと吹いた。手に持っとるこの頼りない紐が揺れる。それと一緒に先の火花も揺れて。あ、消えてまう、そんな風に思った。

「わ〜消える〜!」

どん、と軽く体に衝撃を感じた。それがなまえちゃんの体当たりやと気ぃついたのは、体がすっかりよろけてからやった。中腰にしとったのに、思わず尻餅をついてしまった。

「え、みどくんひょろ…」
「体当たりされるとは思ってへんもん」
「体当たりって!ひどい!」
「また肥えたんとちゃうのなまえちゃん」
「え…分かる…………?」
「冗談や…。何、ホントなん」
「何それひどい!えっち!すけっち!みどっち!」

訳の分からんことをぎゃあぎゃあ喚くなまえちゃんやけど、体はさっきからぴたりボクに寄り添ったまま。柔らかい彼女の体がボクの体に熱を伝えてくる。ボクの体温は、どうなんやろか。

「ね、二人で寄ったら風よけになってるでしょ」
「…あ」

なるほどそういうことかと感心した。ちょっと考えれば分かることやけど、彼女が体当たりもとい寄り添って来たのにはちゃんとした理由があった。…にしても、もう少しそっと出来ひんかったんかな。

「私ね、線香花火が一番好きなの」
「へぇ…」
「だってこんな風に誰かと近寄って楽しめるでしょ」

火が消えへんように、風に負けへんように誰かと寄り添うらしい。言われてみれば理にかなっとる気もする。せやけどいずれ消えてしまうことが分かっとるものに、どうしてそんなことを言うのか。ちょっとの間の娯楽いうんは誰でも分かっとる。一瞬の、ほんの限られた時間の綺麗なものを。消えてしまうからこそ尊ぶのかもしれへんけど、そないなことさして興味もなかった。

「昔から花火の最後は線香花火だったし、なんだか他の花火より、特別な感じがして」

もうとっくにボク達の花火は終わっていた。ぽとんと儚く落ちていくその姿を見ていることしかできな
かった。そんなの、当たり前すぎて言葉にするのも馬鹿馬鹿しいけど。

「ぴかぴか、ぱちぱちってしてるとことか、」

次の花火に手を伸ばそうともしないでなまえちゃんが話し続けるから、ボクも黙ってそれを聞いとった。何か返事をしてほしいわけでもなさそうやったし、ボクもうっとりと話す彼女の声をそのまま今は聞いときたかった。

「うまく言えないけど、消えちゃうの分かってるけど、消したくなくて」
「…」
「どうせ消えちゃうから…じゃなくて、できるだけそれを見続けてたいって言うか…うーん」
「…」

いつの間にかなまえちゃんの頭はボクの肩に預けられている。ほんのり甘い匂いがする。ボクはこの匂いが好きやった。それを彼女に言えば、とても嬉しそうやった。この姿勢も嫌いやなかった。素直じゃないボクなんかに、素直に甘えてくれるのは嬉しかったし、むずがゆかった。

「もう一回しよ」
「うん」
「火、つけて」
「うん」

今度は先にボクの花火に火をつけて、それから彼女へと移した。ぱちぱちと音がして、はじけていく光を黙ってボク達は見つめとった。お互い何も言わんかったけど、多分「綺麗やなあ」って思っとるんやないかな。肩に感じる重さが心地いいなんて変な感じや。この子やから、そう思うんやろうけど。目を細めて火を見つめるその表情が、いつものなまえちゃんとは違うて見えて、胸がざわざわした。顔が橙色に染まって見える。あ、もうすぐ消えそうや、落ちてまう。ぱちぱち、ぱち、ぽとん。はい、真っ暗や。

また暗うなって、顔がよう見えへんくなった。消えちゃったね、もう一回。と口にする彼女はボクの方を見ている。でもその表情はよう見えんくて、なんやもどかしい。ボクの顔もきっとよう見えてへんのやと思う。もっとしっかり見てや。見えとんのかなあ。ボクのこと、ちゃんと。花火ばっかりに夢中になったらあかんよ。

「なまえちゃん」
「ん、なあに」
「消えたな」
「うん」
「消えたらあかんよ」
「え?」
「…」

口にしてから急に気恥ずかしゅうなって、それからボクは何も言えへんかった。それに対してなまえちゃんは何も聞かんかった。言葉を欲しがる子やないから、ボクはついつい避けてまうけど、言ってあげたほうがええんやろかって思ったりもする。せやけど今日は、今日も、堪忍してほしい。

「みどくん、顔赤いよ」
「見えてへんやろ」
「あはは」

なんや喉が渇いたから、ぱちぱちするもんが飲みたい。今年の夏はまた花火、してもええかな。そん時はまたこの子とがええな。ボクが火ぃ、つけてあげなあかんやろ。



20150510
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