short | ナノ

背中に回された手はひどく無骨なものだった。まるで私が壊れ物であるかのように、そっと少しずつ力を込める彼。顔は隠れていて見えない。どんな顔をしているのだろう。

「靖友くん」
「…」
「苦しいよ」

力は少しずつ、だけど確実に強まるばかりで返事をしようとしない。鼻をすん、とすする音がひとつ聞こえた。

(困ったなあ…)

いっそのこと面倒な女だと、お前なんか知らない気持ち悪いあっちに行けと、そう言ってくれた方がよかったかもしれない。だけど彼が絶対にそのようなことはしないと私は分かっていた。分かっていたからこそ、申し訳ないと思ってしまうのであった。

「泣いてるの」
「…泣いてねェ」
「私平気だよ」
「俺がむかつくの」
「なんで靖友くんが」

靖友くんに抱きしめられて、腕に出来た痣が痛い。多分明日になったらもっとひどい色になっているのだと思う。

「悪ィ…」
「謝らないでよ」
「あいつら、っざけんな、」
「…」

あいつらというのは、私の腕に痣を作った人達のこと。言ってしまえば隼人のことを好きな女の子達。彼にファンクラブがあるのは知っていたけれど、こんなに過激派だなんて思わなかった。見た目はみんなしとやかで可愛いらしいのに、中身は。

「ただの幼なじみって言っても、それが逆に怒らせちゃったみたい。独り占めすんな、ブス、だって。典型的でおかしいよね」
「なまえチャンはブスじゃないヨォ…」
「…ありがと」

彼は"野獣"だなんて言われているくせに、とてもとても情けない声でそう言った。ぎゅうっとまた力が込められる。隼人はモテるけど、特定の彼女をつくらない。だから幼なじみで比較的一緒にいる時間の長い私を彼女だとか、そんな風に勘違いする子は多い。嫌がらせにも大なり小なりあるけれど、慣れっこだった。変な心配をかけたくなくて、誰にも言わないでいた。だけど今日、まさにその現場に靖友くんが現れてしまった。

「初めてじゃねェだろ…」
「…何回か」
「何回か…って、どうして言わねェの」

私を抱きしめたまま彼は話を続ける。靖友くんの匂いがする。髪が頬に当たってくすぐったくて、優しい言葉をかけられて、なんだか泣きたくなる。心配させたくなんかなかったのに。

「靖友くんが来てくれて、嬉しかったよ」
「…バァカ」
「見つけてくれて、あの子達に怒ってくれて、連れ出してくれて、王子様みたいだった」
「…よくそんな恥ずかしいこと言えんネ」
「…本当だよ」

悪口を言われたり、物を隠されたり捨てられたりすることは多かった。だけど手を出されたのは、やっぱり少しだけ怖かったから。証拠に一度叩かれた頬はまだ少し痛いし、腕には痣ができた。女の子も、ずるいよね。トイレに集団でなくちゃ行けない女の子は嫌い、大嫌い。

「ありがとう、あとね、」

少し背伸びをして靖友くんの耳元に口を寄せる。私の吐息を感じたのか、ピクリと彼の体が動いて腕の力が弱められた。

「こいつは新開の彼女じゃなくて、俺の彼女だ、って言ってくれたの、嬉しかったよ」
「っ…!」


私の両腕を彼の背中に回す。細いけれどしっかり筋肉はついていて、男の子なんだなって思わせられる。心臓の音も分かる。

「泣かないでよ」

顔はよく見えないけれど、靖友くんが涙を流しているということは分かった。ごめんねと、ありがとうと思った。申し訳ない気持ちの方がもちろん大きいけれど、自分のために泣いてくれる人がいることが少し嬉しかった。

「言い返せなくて、」
「ウン」
「好き勝手言われちゃってさ、むかついたよ、私も。何か言わなくちゃ言わなくちゃって思ってたら、」
「ン」
「靖友くんがいてくれて、」

本当に本当に、嬉しかったんだよ、と。ぎゅっと彼のシャツを強く握った。触れた身体が熱くて、安心する。靖友くんの匂いだ。

「だからそんな風に、めそめそしないでよ。かっこいいんだから、頼りにさせてよ」
「ッセーヨ…」
「うん」
「…頼りにしていいヨォ」
「…うん、してる」

靖友くんはいつだって優しい。無条件で私の味方でいてくれる。気の弱い、おどおどした私なのに何も言わずに味方でいてくれるのだ。それがとても嬉しいけれど、同時にとても情けなく思ってしまう。人に強く言われるとうまく言葉が出せなくなる。高圧的な男の人も、やかましい女の子も苦手。どうにかしなくてはならないと分かってはいても、そう簡単には解決できる問題ではない。靖友くんも私のこんな性格は分かっているはずだ。それなのに彼は何も言わない。言い返せとか、甘えるな、とか、そんな風に言ったことは一度だってなかった。その優しさに甘えて私はずっとここから動けないでいるのだ。靖友くん、私をいっそのこと突き放してもいいんだよ。でも多分それをされてしまったら、きっと私すごく落ち込んでしまうと思う。これだからまだ私は変わることができないんだ。そんなことを思いながらまた、靖友くんの優しい胸に甘えていた。


20150314
title by 誰花
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