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「口を開けばパンケーキ、みたいな子が好きかと思ってた」
「…ハァ?」

午後のファミレス。目の前に座っている彼は、課題に落としていた目をこちらに向けた。三白眼で相変わらず目つきが悪いなあと思う。ひょいと彼のプリントを覗き見れば、さして進んではいないようだった。私も人のことは言えないのだけれど。

「いや、だからそのまんまの意味だよ」
「や、それが意味ワカンネーって」
「だからさ、」

流行りものにはとりあえず飛びついて、キャーキャー言って、友達が言っていたから、モデルのあの子がブログに書いていたから、とか。発信元はわりとどこでもいいんだけど、みんなそれが好きで可愛くて美味しくて。そういうものが好きな子ってどこにでもいるでしょ?似たような服装に似たようなメイクで没個性、って感じの。


「何それ俺のことお前馬鹿にしてんのォ?」
「あはは、そんなことないよ」

怪訝そうな顔をしたかと思えば唐揚げを、ばくり。もう少し品よく食べられないものか、と思ったけれどそんなことを彼に期待しても無駄だと思い口を噤んだ。

「美味しい?」
「ア?ああ、」

彼女が聞いているのに、ア?はないと思うよ荒北くん。まだ飲み込まない先から次の唐揚げへと手を伸ばす。東堂くんに言いつけてやろうか。そんな彼を見ながら、彼の注文したベプシを一口頂く。

「あ、てめ、」
「さっきのだけど」
「?」

少し間抜けな顔をしてまた、ア?なんて言う。

「荒北は女の子らしい女の子、が好きなのかなって思ってたから。」
「…」
「こんな私が彼女でいいのかなーって…」
「うん、それで?」
「え」

私が握っていたグラスをパッと奪い、ベプシをごくごくと喉を鳴らして飲んだかと思えばまたあの三白眼でこちらをキッと見る。睨まれているのか、見つめられているのか。おそらく前者のように思えた。

「ごちゃごちゃるっせーし、んなこたァどうでもいいんだよ」
「ど、どうでもって、」
「大体なァ!そういう小せぇこと考えてるところが…」
「荒北…」
「アァ?」
「声、大きいよ…」

周りを見渡せば何人かの人たちが、私たちの方をちらちらと見ていた。カップルの痴話喧嘩とでも思われているのだろうか。あながち間違いではないけれどそれにしたって恥ずかしい。荒北は見てンじゃねーよ、ボケナスが、と小さく悪態を漏らした。そこそこ、そういうところが怖いんだよ荒北くん。そしてまたベプシを喉に流し込んでグラスを乱暴に置く。一気に飲みすぎたのか口に手のひらを当て「う、」なんて言っている。ちょっと目の前でゲップなんてしないでよね。

「…うぷ」

ほんとにしたよ、この男。

「うわ」
「うわって何だうわって」
「いやあ…」
「お前だってゲップぐれェすんだろ」
「そういうこと言わないでくれるかな…」

まったく悪びれたり恥じたりとか、そういう態度は微塵も取らない荒北に尊敬の念さえ湧いてくる。せめてもう少し抑えようとか、横を向いてしようとか、そんな気配りはできなかったのか。彼女の目の前でゲップですよ、ゲップ。

「で」
「で?って?」
「だからァ、さっきのだよ」
「あ」

さっき話していたというのにもう忘れかけていた。ついでに課題という存在も同じく。やる気なんてものは元より無いに等しかったけれど、目的を思い出しペンを握った。ポテトに伸ばしたい手をぐっとこらえる。ちなみにそれも荒北が注文していたもの。ベプシとか唐揚げとか、意外とジャンキーだよなあ、運動部のくせに。

「別にさ、俺はお前にオンナノコらしさ?とか求めてねェよ」
「へ」
「誰かに何か言われたのかよ」
「言われて、ない」
「じゃあ気にすることねェだろ」

その声音は荒っぽくはあるものの、穏やかで優しいものだった。私と目を合わせようとしないのは、照れているからなのか。そんな態度をいきなり取られると、私まで照れてしまう。熱が顔に集まる感覚。それを払おうとして、頭を左右に軽く振った。

「言われたりは、してないけど…」
「まだ何かあんのかよ」
「荒北はさ、自分が思ってるより女の子に、人気あるから」

言いたくはなかったけれど、恥ずかしい気持ちを誤魔化すつもりで言ってしまった。まだ顔は熱い。私の言葉を聞いた彼は眉間にしわを寄せてまた、ハァ?だなんて言う。

「それなんて冗談」
「じょ、冗談じゃない!気づいてないだけで、荒北、意外とモテてるんだって…」
「意外とってお前」
「しかもみんな揃って可愛い子だし…私そんなに可愛くもないし…」

最後の方は自分で言っていて虚しくなったので尻すぼみになった。聞こえていてもいなくても、どちらでもいいやと思った。

「…アー」
「荒北、は」
「俺が好きなのはその、お前だし…他の女子とか知らねー、興味も無ェから、……アー、つまり、」
「…安心してもいいってこと?」
「そーいうコト…」
「さっきゲップしてた男がよく言うね」
「なっ、てめ!」

頭をがしがしと掻いて、もう氷だけになったベプシに手を伸ばす荒北。かっこいいことを言ってくれたのに、締まりがない。だけどそういうところがとても愛おしく思えた。

「ねえ荒北」
「…今度は何ィ」
「私荒北の彼女になれて嬉しいなあ」
「バッ…!カチンがァ…」

暖かい日差しに、大好きな人が目の前にいるという今この瞬間。なんだか恥ずかしいけれど、切り取ってこのまま保存できたらいいのにと思った。鋭いその目線でこれからも私のことを射抜いていて欲しいし、私以外の子は射抜かないでいて欲しい。そんなことを考えていたら、眠たくなってきた。荒北がベプシをもう一杯頼んでいるのが聞こえた。



20150224
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テーマ「人外ファンタジー」
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