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素肌を見たのは初めてだった。白くて、すべすべしていて骨っぽい。だけど筋肉はついているみたいで。ところどころに痣みたいなものが見えて、白い彼の肌を飾っているみたいだった。



「何やの」
「何も」

部室に来たのも初めてだった。来てほしくないみたいで、今まで訪れたことはなかったけれど、なぜだか今日は彼の方から「放課後部室に来て」とそう言われた。他の部員たちはすでに帰ったみたいで、汗の匂いのする部屋の中にいるのは、私と翔くんだけ。「お疲れ様」と声をかけて部室に来たのはいいものの、さしていつもと変わらない調子で「おん」とそれだけ。とりあえず部屋の中で、彼が着替え終わるのを待っていた。

(練習着、かっこいいな)

今まで部活を、レース中の翔くんを見たことがないわけではなかった。誰よりも速くて、まっすぐで、いつでもかっこいいと思っている。首筋に流れる汗を見てどきりとした。普段制服もきちんと着て、私服だって至って普通。そんな翔くんの素肌を見て別になんてことはないはずなのに緊張してしまう。まっすぐ彼の方を見られなかった。

「自転車部、マネージャーいないの?」
「おらんし、いらん」
「ふーん…」

当たり障りのないことを聞いて、自分の緊張感を誤魔化そうとする。マネージャーいないんだ、へー、大変じゃないのかな。だけどいたらいたで、妬いてしまうかもしれない。自転車部と言ったら、三年の部長、石垣さんが人気あるんだって、クラスの子たちが話していたのを聞いたことがある。確かに綺麗な顔をしていて、優しそうだし、クラスマッチで活躍しているところを見て私も素敵な人だと思った。

「翔くん」
「?」
「何で今日部室に来てよかったの」
「別に理由なんかあらへんよ」
「いつも来るなって言うから」
「…」

制服のシャツをぽいと投げて、私の方をくるりと向く。ぽすんと私の隣に座って、まじまじと顔を見つめられる。子供みたいな、大きな黒目。この目が私は好きでもあったし、苦手でもあった。時々すべてを見透かさているみたいで怖いと思った。

「いつも…」
「うん」
「一緒にあんま帰ってへんやんか」
「うん」
「彼女とか、ボクよう分からんし」
「…」
「自転車乗るときは自転車しか考えられへん」
「(それは、嘘だ)」

自転車しか、とつぶやいた口が若干躊躇っているように見えた。声が揺れるのが分かった。自転車のほかにもうひとつ、大切なひとのことをきっと考えてる。私が言ってはいけないこと。翔くんも触れてほしくないと思う。

「部活が一番になるんは…堪忍してほしい、せやけど、キミともっと話したい思うとるよ」

それは翔くんの本当の気持ちのように感じた。部室に来らせることが、翔くんなりに心を許していることなのかもしれない。部活に対して干渉してほしくないと、そんな風に見えていた翔くん。だけど、少しなら、少しずつなら私も、あなたと一緒に前を探してみてもいいのかな。部活が一番だと言った翔くんの正直な気持ちにも嫌な気持ちはなかったし、そうでよかった。私が一番になりたいだなんてそんなことは言わない。翔くんにもそんなこと言ってほしくない。

「翔くん、自転車が一番なのは、当たり前だよ」
「……」
「そ、そんな翔くんのことが、私は、えーっと…」

翔くんの気持ちを知って嬉しくなっていた私の頭の温度は随分上がっていた。だけどいざ、いざ自分の気持ちを目の前にいる彼に伝えようと思ったら、それが難しい。想像以上に「すき」という二文字が気恥ずかしいのだ。翔くんは私から目を逸らさないでじっと私の言葉を待っている。

「ボクゥのことが?」

にやり、と意地悪く笑う翔くん。さっきまでしゅんと、静かな声で話していたのになんて演技派なんだろう。そんな顔しないでほしい。翔くんのこの意地悪そうに笑う顔もたまらなく好きだけど、同じくらい苦手だった。

「なァ」
「わ、分かるでしょ」
「さぁ?分からんなあ」

距離がぐい、と縮まる。翔くんの顔がさっきより近いところにある。翔くんの香りがする。汗で濡れた喉仏から鎖骨の線に、どきりとする。細くて、白くて教室では静かな翔くんの、男の子らしさをまざまざと感じた。視覚も聴覚も嗅覚も、全てが刺激される。ひた、と私の頬に触れたのは彼の綺麗な手。熱そうな体とは対照的にその手はひんやりとしていた。ぞくぞくとした感覚が私を駆け巡る。頬を触られただけなのに、変だ。長い指は頬の上でくるくると円を描いて遊んでいる。くすぐったい。頬って、こんなに敏感な箇所だったっけ。

「あ、翔くんが、」
「ん」

すっと細められた目はひどく扇情的だ。いけないことを彼としている感覚になる。まだ、何もしていないのに。…まだ?私は、何を期待しているんだろう。そんなことを思うとまた恥ずかしくなって、彼から目を逸らして自分の手で顔を覆った。とても熱い。

「…こっち、向いてぇや」
「ちょ、っと無理」
「顔見たい」

なァ、そう言ったかと思うと耳に息が吹きかかる感覚。妙な感覚に驚いて耳元を見やるとまた、あの顔をした翔くんがいた。とても楽しそうで、色っぽい顔。なにが、彼女なんか分からない、だ。翔くんが素肌を曝しているということも、大きな問題だった。どこを見たらいいのか分からない。


「ボクは、なまえちゃんが好きやよ。…な、聞かせて」

私がその二文字を言うのにここまで恥ずかしがっていたというのに、彼はさも簡単にそれを言ってのけた。すき、翔くんの声で、私に、私だけに向けられたその言葉に頭がくらくらする。声音もいつもとは違う低いもので、調子が狂ってしまう。そんな声が出せるなんて、そんな表情ができるだなんて、反則だよ。「はよぉ」と急かされる。

「す、すきだよ」
「誰がぁ?」
「翔くんが、すき、です」
「ん」


よくできましたとでも言わんばかりに、彼はとても優しいキスをくれた。音のしない、本当に優しくて柔らかなもの。翔くんとするそれは、いつも優しくて、大切にしてくれているんだって感じる。目を閉じたまま、彼の左胸に手をそっと当ててみたら、心臓がとても速く脈打っていた。


20150111
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