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まるで花みたいだと、そんな風に言われたいわけじゃなかった。特別褒められたり愛されたり、尊敬されたりと、そういったことは求めていなかった。そのくせ承認欲求だけはどうやら人一倍強くて、放っておかれたり、会話に入れないでいること、名前を呼び忘れられたりすることが嫌いで仕方がなかった。怖いと思っていた。とりわけ私がまるでこの場にいないかのように扱われると、悪気がないにしろ、一人ぎゅっと胃が痛くなった。


「荒北くん」


人の名前を呼ぶことは好き。人に自分の名前を呼んでもらうことも、好き。それが好きな人ならなおのこと。ひとひとつ、彼の名前を構成する音にすら愛着が湧いてしまう。認められたいという意識がどうやら人よりも強い私は、一人でいる人に対して敏感になっていた。勿論、好きで一人でいる人だっているのは分かっているけれど、私には彼らが皆強がっているようにも見えた。私という存在を認めて、ここにいるということを分かってほしい。一人でいることが嫌いなわけじゃない。私だって、一人でいたい時はある。だけど、




「猫、好きなんだね」
「別に、」
「いつもこの子とお昼一緒にいるから」



私が荒北くんと、この猫さんの昼食にお邪魔する様になってからどれくらい経っただろう。この二人(?)を初めて見たとき、私は荒北くんの名前さえ知らなかった。誰もいないところで、猫と一緒にご飯を食べているなんて可哀想。最初はそんなことを思っがた。寂しそうに見えた。そんなこと、彼には言ったことないけれど。一人でいるの、可哀想だなんて誰が言われたいものか。私はそんなこと人に言われたくなんかないから。

だけど彼と話をするようになって、こうやって一緒に昼食をとるようになって、彼は全く「可哀想」な人ではないことが分かった。はたから見れば猫とご飯だなんて、友達がいないみたい。だけど荒北くんは自転車部に入っていて、レギュラーで、友達は少なくなんてない。寮に住んでいるって言っていた。毎日勉強に部活に忙しい、部活に重きがありすぎるけどって笑っていた。

「荒北くんはすごいね」
「ハ、何が?」
「たくさんの人から信頼されて、必要とされてるんだなあって」

購買で買ったあんぱんにかぶりつきながら、そんなことを口にしてみた。甘すぎなくて美味しい。荒北くんはと言うと今日もメロンパン。食に関して冒険してみようという気はあまりないみたい。

「そうかァ?別に、部活の奴らくらいじゃねぇ?それに最初は…」
「?」

次の一口のために開けた荒北くんの口は、きゅっと引き結ばれた。どうしたんだろう。ほんの少し考えたような顔をして、それからまたこちらを向いて彼は言った。

「最初は信頼されてなかったよ。初心者だったし、荒れてたしな…」
「あ、」

なんとなく聞いたことはある。荒北くんは前ちょっと荒れていたって。友達に彼と最近仲がいいことを話したら、大丈夫なの?だなんて聞かれて、怒ったことがあった。今のこの人を見ないで過去の話しかしない周りの声がうるさかった。

「でも、今は箱学自転車部のエースアシスト、だっけ?」
「へェよく覚えてンね。見たこともないのに」
「でも、その、インターハイ、見に行きたいな」
「ハッ、興味ねェなら大変だぜ?別にそんなわざわざ…」
「あ、荒北くんのこと見たいから」
「…ハ」



「…そ、そォ」
「うん」

荒北くんの顔がなんとなく赤く見える。私の顔もきっと赤くなっていると思う。荒北くんと知り合って、一緒にご飯を食べるようになって、友達になって。廊下で顔を合わせれば、クラスも違うけれど挨拶をするようにもなった。私がいつも自信なさげなことにも気が付いてくれて、話すスピードを合わせてくれた。ご飯を食べ終わるのを待っていてくれた。名前を呼んでくれた。名前をたくさん呼んだ。そんな荒北くんのことを、私はどうしようもないくらい好きになっていた。もしかしたらこの気持ちはばれているかもしれない。だけど荒北くんは何も言わないし、嫌そうな素振りもしなかった。ぶっきらぼうでも、いつも優しかった。自転車のレースを見に行ったことは一度もなかった。マネージャーでも、彼女でもない私なんかが行ってもいいのかなって、いつもそんなことばかりを考えてしまっていたから。だけど、インターハイ。彼の最後の夏は、どうしても見に行きたいとこっそりと思っていた。荒北くんは私が全く自転車に興味がないと思っていたからだろうか、ひどく驚いたような顔をしている。

「迷惑かな、」
「や、ンなことねェけど…」
「た、楽しみにしてるね」
「おー…」

もくもくとメロンパンを口に押し込み、大好きな炭酸飲料で流し込む。ぷしゅっという音が心地よくて、その音を聞くと荒北くんを思い出して好きだった。

「俺も、がんばっからァ」
「あ、うん、頑張ってね」

どことなく歯切れの悪い荒北くん。やっぱり迷惑だったかな、でも物事はなんでもはっきりと言う彼に限ってそんなことない、はず。

「見に来てくれんの、すっげ嬉しい」
「え」
「日にちとか、連絡すっからァ」

やっぱり少し彼の顔が赤いのは、気のせいではないみたい。照れて、いるのかな。そうだったらどうしよう。嬉しい。私が彼を照れさせているということが、嬉しかった。私はいつだって荒北くんのせいで一喜一憂しているけれど。

「うん、待ってる」
「次そっち、教室移動だっけ」
「うん、生物」
「じゃ、そろそろ行くかァ」
「はーい、ごちそうさま」
「おー」



20150111
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