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バスルームは綺麗に整頓されていて、男の人の一人暮らしに対する偏見を持っていたのだと思い知る。あんまりまじまじと見つめられるのも嫌だろうからと、観察するのはほどほどにしておいた。私は男の人の家にお泊まりをするのは初めてで、すごく緊張していた。だけどそんなのは私だけだったみたいで、先輩は本当にいつも通りの先輩だった。大学生になったからといって、他の人みたいにすぐ髪の毛を茶色にしたり、ちゃらちゃらしたりしない先輩が、私はすごくかっこいいと思っていた。お付き合いを初めて一年。先輩が卒業してしまって、以前のように会えないのはすごく寂しい。だけどなかなか会えないからこそ、こうやって会えたときが何倍も嬉しいし、幸せだって感じる。好きな人といるだけで、一緒の空間にいるだけでこんなにも幸せなんだということを先輩は教えてくれた。

「で、でもその、お泊まり…ってことは」

私も高校生だし、一応そういったことに興味はもちろんあるし、知識も全くないわけではない。それは友達のことだったり、雑誌の特集からだったり。恥ずかしくて先輩にはそんな話したこともないけれど、先輩は今日どんなことを考えて私のこと誘ったりしたのかな。でもそんな態度微塵もなかったし、先輩は真面目な人だ。あの人に限ってそんなことあるわけないよねって、安心半分残念半分な気持ちでお湯に浸かった。ぬるめのお湯が気持ちいい。先輩はいつもこの温度なのかな。シャンプーは初めて使うメンズのもので、流し終わったら頭がひんやりした。自分から先輩と同じ匂いがすることが嬉しくて、それを何度も匂ってしてしまった。ボディソープもどこか知った匂いで、これも先輩のものだ、と当たり前のことなんだけど笑みがこぼれた。

「あー、気持ちよかったぁ」

十分にお風呂を堪能した私はバスタオルを巻いて、お風呂場を出た。体がぽかぽかして気持ちがいい。さて、着替え着替え…とパジャマの下に置いておいた下着をさぐる。…ん?あれ、えっと

「…ない」

そんなはずはないと、全て取り払ってよく探す。だけどない、ないのだ。私の大事な、パンツが、ない。そりゃあ今日のものはあるけど、そんな好きな人の家に泊まるというのに二日連続同じものだなんて、はしたない真似ができるわけもない。さ、最悪だ…。きっと鞄の中に入っている。持ってくるのを忘れてしまったみたい。ど、どうしようとぐるぐる考えが頭を巡る。先輩に言うのは駄目、そんなの恥ずかしすぎる!だけどノーパンだなんて、それもバレてしまったとき(そんな状況になるかはさておき)破廉恥な女の子だと思われてしまうから、駄目!こっそり取りに行くにしたってここはワンルーム。それは無理に等しい。だって先輩は私の鞄のある部屋でのんびりしているわけで…。ああ、もうどうしようどうしようどうしよう。そんなことを考えていたら、湯冷めして寒くなってきた。風邪をひくわけにもいかないので、とりあえず上着だけでも着ることにした。なんて惨めな私。先輩のシャンプーをくんくん嗅ぐなんて変態まがいのことをしてしまったバチだきっと。こんな格好のまま先輩の前に出るわけにもいかないので、私は苦渋の選択をした。

「せ、せんぱ〜い…」

そう、お風呂場からちょっと顔を出し、先輩を呼ぶ作戦だ。これには考えもある。

「ん?みょうじ?どうしたん?」
「あ、あの私乳液とか忘れちゃって、鞄取ってもらえますか?」
「ああ、女の子は大変やなあ」
「す、すみませんっ」

そんな声がして一安心。我ながら完璧な作戦である。なにもパンツを取ってくださいとストレートに言う必要はないのだ。先輩に触って欲しくもないし、鞄だけ取って貰えれば後は自分でどうにでもなる。実際乳液を忘れたのも本当だから、一石二鳥だ。よかったよかったと安心して待っていたら、先輩の声がした。

「みょうじお前鞄二つあるけどこっちでよかったんかー…」

私の大好きな先輩のかっこいいお顔がすぐ目の前、脱衣所のドアが勢いよく開けられることによって見えた。私がさっき声をかけたのはあくまでドアの隙間から。だけど、今、今この瞬間は違う。ドアが全て開け放たれ、先輩の頭からつま先まで、はっきりと見える。先輩もそれは同じで、先輩は私よりも背が高いから、自然と目線は落ちるわけでー…

「わわわわわわわっ!?みょうじ、おま!ちょっ…!!」
「きゃーっっ!!!先輩の馬鹿!アホ!スケベ!」

私たちは一瞬の間の後、二人同時に大声を出していた。ドアを閉めようにも、両手は下半身を隠す上着を押さえていて離すことは出来ない。先輩はというと顔を真っ赤にして何やら口をぱくぱくさせている。何で開ける前に一言かけてくれないんですか!そ、そんなお前服着とるやろ思うてって!着てたら呼びませんよ!ていうかいつまでそこにいるんですか!ちょ、鞄持ったまま行かないで!

「…せ、せんぱい」
「…」
「乳液も忘れちゃったんですけど、その、下着も鞄に入れたままにしちゃって…」
「…そ、その、悪かったな。いきなり入ったりして、俺があかんかったわ」
「いやいやいや、私が忘れちゃったのが悪いんです…えーっと」

ドア越しにされる会話はどこかぎこちなくて気まずい。先輩がきっとばつの悪い顔をしているのだということは容易に想像できた。

「…あんまり刺激せんといてや」
「…え、」
「あかんやろ、女の子がそないな格好でおったら。俺今日、我慢できひんかもしれんで」
「…先輩?」
「みょうじのせいやで、…鞄ここ置いとくな」
「えっ、あの、それって…」

こそりとドアを開けると先輩はそこにはいなかった。テレビの音が聞こえたからもう向こうに行ってしまったんだろう。先輩に少なからずはしたない格好を見られたことと、先ほどの言葉に心拍数が上がって、何も考えられなかった。先輩の所に早く行きたい気持ちと、行きたくない気持ちが混ざり合う。髪の毛から滴る雫からは先輩の匂いがして、それをまたすんと嗅いだ。


20141206
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