日曜日。夏が終わって朝方が少し肌寒くなってきた。つい最近まで冷房をガンガン効かせて半袖に短パンで寝てたっていうのに。薄めの長袖を着て、休日にしては早く目が覚めたからなんとなく散歩にでも行くことにした。こういうとき犬を飼ってたらいいんだろうけど、残念ながら我が家に動物といえば金魚しかいない、…それもお母さんが世話をしている。家族を起こさないようにそっと玄関を出た。海が近い街ということもあって風が気持ちいい。真夏には劣るけれど、それでも朝はまた別格だと思う。潮の香りを求めて海沿いの道へ行くことにした。
◇
携帯をふと見るとまだ6時半。ほんと早起きしちゃったなーとか思いながら歩いているとあっという間に海沿い。犬を連れた老夫婦とか、ジョギングしてるおっさんとか、そんな人たちとすれ違った。日曜の朝からご苦労様です。かく言うあたしも日曜の朝から、ということにはなるんだけど特に意味とか目的があって来たわけではないのでなんだかそう、お疲れ様って思った。朝の海は綺麗で思わず見入ってしまう。学校に行くときはそんなことあまり考えないのに。今はあれか、心に余裕でもあるのかな。こんなとき誰かと一緒にうおー、海やべーとかそんな感情を共有したいと思う。だけどまあ誰もいないわけでして。勿論犬も。そろそろ犬飼おっかな。小さいのがいいなーでかいのは面倒そうだし。さっき老夫婦の連れていた犬はなんだっけ。雑種かな。うあー、いいな犬ますます欲しくなってきた。帰り道に可愛い犬落ちてたら拾ってやるけどな。
「おおう…」
少し強めの風が吹いて思わず声が漏れた。しかもこの上なく気持ち悪い、華の17歳だというのに。幸い周りには誰もいないようだった。疲れたからちょっと座ろう、そう思って海を向いたベンチに腰をかけた。あ、なんだか少し湿ってる、まあいいや。携帯をまたなんてことはなく開くとメールが二件来ていた。何だろう、メルマガ。と、明らかに怪しいテレビが当選しました系。ふっざけんなよ。人が良い気持ちで散歩してるのに。家に帰って開いた方がまだマシだった、ちくしょう。むかついたから携帯はポケットにしまってまた歩くことにした。波の音が聞こえる、意識して聞くとすごく心地いいんだって思う。ここに長いこと住んでるから普段はなかなか気付かないけれど、やっぱり海が好きだなあ。大分空は明るくて車も増えてきた。すっぴんだし髪の毛も適当、部屋着同然の格好だからもう帰ることにした。あーなんだか良い時間過ごした。メールは除いて。
◇
家路はなんてことない、少し坂があって、普通の住宅地。もう海は見えないところまで来た。さっき見たのにまた見たくなった。また時間があるときにでも散歩に来ようかな。あ、そういえば朝ご飯何食べようか、食パンまだあったっけ、苺ジャムで食べたいんだけどなー…。
「あ、れ?みょうじさん」
そんなことを考えていたら前方から声がした。何だと思って前を見るとその声の主の顔は少し高いところにあった。
「仙道くん、何してんの?」
「今から練習試合、だけど寝坊しちゃったみたい」
「え、早いね何時からなの」
「6時半集合、らしいんだよね」
へらーっと笑う仙道くん、わあ思いがけない人と出会ったもんだ。クラスメイトだけどほとんど話したことはない。確かこの人東京から引っ越してきたとか何とか聞いたような気がする、バスケすごい上手いんだよねー…とか。ガタイいいしあの越野くんをうまくあしらってる辺りからちょっと恐い人なのかなって思ってたんだけど、わりと抜けてるんだなあ…可愛いかもしれない。知らない一面を見れた気がした。といっても全然知らないんだけど。
「みょうじさんは何してるの?」
「えと、あたしはただの散歩です…」
「へー、いいね。」
そのいいねっていうのは暇人でいいねってことですかと思って多少カチンとしたけれど彼が次に紡いだ言葉でその気持ちはすっかり消えた。
「ここさ、すごい海綺麗だし」
「あ…」
「俺引っ越してきたんだよね、東京から。ほんと最初見たとき感動しちゃって海見てたら部活に遅れるのも度々で…あ、今日は寝坊なんだけどさ」
あはは、だって。可愛い顔して笑うんだなあ…って何を考えてるのあたしは。それよりあたしもさっき海を見てきたばかりだからそんな風に言われるとこっちまで嬉しくなった。彼が言っているのはあたしじゃなくて海なのに。
「でもいつも一人で見てすげーって言うだけ。バスケ部の連中は見慣れてんのかな、やっぱ地元民だし。俺は誰かとすげーって感動共有したいんだけどね。変だよなー俺」
「そ、」
「ん?」
「そんなことないと思うけど…」
その言葉にあたしは思わず声を出した。さっき、さっき。それあたしもさっき思ってたよ。一人ですげーって、海が綺麗だーって思うこと。だれかと共有したいなって思うって。全く同じで。
「海見てあたしさっき綺麗だったって思ったよ、でも犬飼ってなくて、あ、近々飼いたいんだけど、なんていうかその気持ち共有できる人いなくて、なんか寂しいなーって思ったよ」
あああ、うまく言えない言えたかなつまり言いたかったことを。海が綺麗だってことなんだけど。それでその気持ちを分かち合いたい!ってことなんだけど。余計なことまで言ったかもしれないけど…。
「…みょうじさんて、俺くらい変かも」
「え…」
「いや、おもしろいなあって。ね、今度海見に行きませんか」
「あ、えっと」
「学校帰りにでも」
「…はあ」
なに、このナチュラルなお誘いは。別に深い意味なんてないんだろうけどやっぱ東京の男は違うのか、なんなのか。うわあああ…。一人少し焦っているあたしをよそに仙道くんは時計を見てやべ、越野がもうキレる。とか言った。
「それじゃまた学校で」
「あ、はい…」
「それと部屋着可愛い。すっぴんもね」
「は…!?」
「はははそれじゃー」
「仙道くん!」
「ん?」
「試合頑張って」
「お、ありがとな」
それからツンツン頭の彼は鼻歌を歌いながら坂を下っていった。えっともしかして、カントリーロード…?ジブリ好きなのかな、だとしたらあたしもなんだけど。
ちょっと心地良すぎる朝でべたに頬をつねってみた。痛い。どうやらこの時間は夢ではなかったようだ。月曜日、おはようと彼に言ってみようか。
20110919