short | ナノ

手を繋ぐ前の空気が好き。もちろん言葉にしてから繋ぐときもあるけれど、言葉にしないで、どちらからともなく繋ぐときのあの空気が好き。私たちは、断然そちらの方が多かった。手がぶらんぶらんと宙を彷徨って、時々きゅっと自分の拳を握って、握りたいなあ、どうしようかなあと思っているあの時間も好き。そんなことを考えていると、彼は気づいてかそうでないかは分からないけれど、私の手をすっと握ってくれる。すごく自然にしてくれるものだから、初めて手を繋いだときのことなんか忘れてしまったくらい。手を繋ぐ前の手の感じは、彼の熱を欲している。心臓がどきどきするとはよく言うけれど、私の場合、手が、指先が、電気が走ったみたいにぴりぴりして、どきどきしている。私の手が彼の手を覚えているのだ。友達と手を繋いでみたことがあるけれど、やっぱり何か違った。彼もそうだったらいいなと思うけれど、そんなこと聞かない。聞いてどんな返事が返ってきたとしても、ふうん、くらいにしか感じないと思う。
久しぶりに練習がお休みだからといって、私との時間をつくってくれる彼に対して、愛しいという気持ちは勿論それ以上にありがとうという気持ちでいっぱいになる。付き合い始めて半年も経つけれど、その気持ちは変わらない。疲れているから休息したり、部活のみんなと過ごしたりもしたいだろうのに。一度だけそういうことを言ったら気にしないでいいと言ってくれて、申し訳ない気持ちになった。単純にそれならよかったと思えなかった。今日も待ち合わせには彼が先に着いていた。私は遅刻をしない方で、いつも約束事には早めに行くのだけれど、いつだって彼の方が早い。まだ私に気がついていない彼の方へと駆け寄った。

「なまえ、おはよう」
「おはよう、尽八」

いつも学校で見ている笑顔だけれど、休日に見る顔はそれとは違って思える。いつだって優しくて自信に溢れていて、かっこいいんだけど、なんていうか休日二人きりのときは、それが私だけに向けられていると思うと、たまらなくふわふわした浮かれた気持ちになる。心の狭い彼女だとは思うけれど、まだ彼に黄色い声を向ける女の子たちは苦手だ。嘘、嫌いだ。こんなことも彼には言えないこと。言わないこと。

「行こうか、寒くはないか?」
「うん、大丈夫だよ」

彼の袖から覗く細い指にちらりと視線を向ける。手、寒いな。デートのとき、会ってすぐに私たちは手を繋がない。理由なんて特にないし、それはどちらも口にしたことがなかった。だけど手を繋がないデートはない。そんな彼の空気がたまらなく好き。恋人だからといって、べたべたすることを強要してくる男の人が苦手だった。彼と付き合う前、何人かと付き合ったことがあるけれど、そういうのが苦手で気持ち悪いと思っていた。だから関係を早く進めたい人からは振られたし、時には私から突き放したりした。尽八に告白したのは私だし、彼と色んなことをしてみたいとも思う。だけど、それでも過度にべたべたした関係を持つのは嫌だったから、彼が告白を受け入れてくれたとき、すごくすごく嬉しかったけど、それと同時に不安もあった。この人も今までの男の人と同じなんじゃないかって。だけど、彼はそんなことなかった。半年ちょっとの付き合いだけど、本当にそう思う。多分彼も私と同じじゃないのかな、なんて思うくらい。スキンシップはとるけれど、意外とあっさりしている。周りからは軽いとかチャらいとか、色々言われている彼だけど、違う。私もびっくりしたくらいだ。

「…さむ」

聞こえるか聞こえないかの声、というかそれは私の一人言だから聞こえなくていいのだけれど。思わず漏れた声。彼も寒そうにマフラーに顔を埋めている。最近ぐっと気温が低くなって、どんな服装をしたらいいのか分からない。そんなわけで街の人たちの服装もちょっとちぐはぐだったりして、みんな同じだと思うと少しおもしろい。そんなことを考えていたら、手の周りの空気が揺れた気がした。かと思えばすぐに握られる感触。それはとても静かに、優しく握られる。尽八の手だった。何度も手を繋いだけれど、いつもどきどきさせられる。繋いだら、安心させてくれる。魔法の手だとこっそり思っている。こんな子供じみたことも、彼には言えないこと。

「手、冷たいね」
「すまんな、何か温かいものでも飲むとしようか」

尽八も手、寒かったのかな。早く二人の体温で温まるといい。私はどきどきしているから、きっとすぐに温かくなるよ。尽八ももしそうなら、素敵だね。


20141202
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