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とても綺麗な色だと思った。彼の乗っている乗り物は、速くてかっこよくてびゅんびゅんと風を切る。ただ速いだけではなくて、その速さは彼の大切な仲間達のためでもあると知って、より一層素敵だと思った。我ながら単純だとは思うけれど、その綺麗なロードレーサーの色をいつの間にか私は好きになっていた。セーターを選びに行った先週も、無意識のうちにあの色を選んでいた。エメラルドのような、水色のような、優しい色。彼はそれについては特に触れてこない。面倒なのか、単に何とも思っていないからなのか。今日はその新しいセーターを着て、彼の家へとお邪魔しているわけなのだけれど。冬ってこんなに寒かったかなあと、私のためにお茶を準備してくれている靖友くんの背中に話しかける。ソーダネーと気のない返事が返ってきた。お茶をいれることに集中しているのか、表情を見たくてキッチンの方へと行ってみた。「何」と言う短い声と共に降ろされる視線。近い距離にはまだ慣れなくて、少しどきっとしてしまった。私が好きだと言っていたラベルの紅茶がカップには並々と入っていた。覚えてくれてたのかな。そうだったら嬉しいなんて思って、笑みがこぼれた。いい香りが部屋の中に広がる。カップを二つ、靖友くんがローテーブルまで運んでくれて、向かい合わせに座る。紅茶が温かくて、美味しい。靖友くんが入れてくれたというのがまた、嬉しかった。

「私この紅茶一番好き」
「…知ってんヨォ」
「ふふふ」
「何笑ってんだ」
「別に」

お家にお邪魔するのは初めてではないけれど、やっぱり少し緊張する。ロードレースに関する雑誌とかDVDとかがたくさんあって、本当に好きなんだなあって思う。私とおそろいのストラップがついた携帯が、テーブルの上にぽんと置いてあるのを見ても、頬が緩んでしまう。それに何より靖友くんの匂いがして、どきどきする。そんなことを言ったら気持ち悪いと思われるかもしれないけど、靖友くんに抱きしめてもらうときと同じ匂いがするから、心拍数が自然と上がってしまうのだ。ちらと彼の方を盗み見ると目が合ってしまった。

「なァに」
「な、何もないよ」
「ふーん…」

テーブルを挟んではいるものの、そんなに大きくもないから靖友くんの顔がよく見える。下睫毛長いなあとか、髪の毛つやつやだなあとかそんなことを思う。睫毛に関しては女の子よりも長くて濃くて、羨ましいと思う。それを言ったらうっせーバァカと言われた。ひどい。

「あれ、」
「ん?」

靖友くんが何かを思い出したように私の手を取る。いきなりの行動にびっくりして、体が固まる。細くて白い骨張った、彼の綺麗な手が私の長くも短くもない至って魅力のない普通の手を取る。手を繋ぐと美しさの違いを感じてなんとなく悔しかった。だって靖友くんの手は手タレントさんみたいに綺麗なんだもん。

「爪、いつも塗ってんじゃん」
「あぁ、」

私は大体いつもネイルをしているから、そのことだったのか。何かと思った。というか、ちゃんと見てるんだね靖友くん。興味なさそうなのに。

「うん一昨日落としたの。今日塗ろうと思って。あ、多分鞄に入れたままだよ、この前買ったからー…」

そう言って私は靖友くんに握られていない方の手で鞄の中を探った。小さい鞄だから、それはすぐに見つかった。テーブルの上に置いて、靖友くんに見せてあげた。

「綺麗でしょ」
「…」

彼は黙ってマニキュアを見つめている。

「こういう色、好きなのか?」
「あっ、え、うん」
「俺もこの色、好き」

水色のような、エメラルドのような、優しいその色。靖友くんの自転車の色とそっくりなそのマニキュアを見て彼は微かにだけど笑ってくれた。

「ビアンキみてェで」
「やっぱりそう思う?」
「何だヨ、お前分かんの?」
「あ、当たり前だよ…!靖友くんの自転車だもん」
「…あー、あンがとねェ?」

一瞬びっくりしたような顔をして、それから少し顔を背けて靖友くんは言った。何か、変なこと言っちゃったかな。紅茶を一口飲んで、私は思いついて言った。

「ねえ、靖友くん、これ塗ってくれないかな、右手。苦手なの」
「…ハァ?俺やったことないけどォ?」
「えーっと、でも右手はほら、利き手じゃないから私もすごく苦手なの。だから、ね。お願い」
「…しゃーねェなァー」

暖房の入った暖かい部屋は少し眠たい。大好きな紅茶の香りと大好きな靖友くんの匂いの漂うこの空間の居心地がとてもよくて、ずっとずっとここにいたいと思ってしまう。そんなことをぼうっと考えている私の右手を握って、一生懸命マニキュアを塗ってくれている靖友くん。思った以上に彼は器用で、私が自分で塗るよりも上手だった。色むらも少ないし、何より手を握られていることが緊張したけれど嬉しかった。

「自転車の整備とかしてるからかな?上手だね」
「関係ねェーヨ…」
「ほんとだよー、これからは靖友くんにお願いしようかなあ」
「っせ!あ、やべはみ出た」

彼は褒められると照れてしまうのか、口が少々悪くなる。金城くん曰く部活の仲間達にはもっとひどいというのだけれど。本気で言っているのではないと分かっているから、そんな靖友くんも好きだった。





「わーありがとう、綺麗だね」
「ん、いいんじゃねェの?」
「ねえ靖友くん」
「今度は何ですかァ」
「紅茶お代わりいただけますか」
「自分で注げばァ?そこあっからァ」
「えー、私まだネイル渇いてないからお願い〜」

テーブルに手を置いてぱたぱた音を鳴らす。我が儘だとは思うけれど、この時間ってとっても重要なのだ。きちんと乾かさないとひどいことになる。乾いたと油断して洗い物とか、お菓子食べたりとかしたら、うう、考えただけで面倒だし恐ろしい!家に帰ったらトップコートも塗りたいの。靖友くんは最初は丁寧にお茶を準備してくれたのに、ちょっとリラックスするとこれだ。ちょっぴり意地悪になる。心を許してくれているようで嬉しいんだけど、今はお願いします、お代わり持ってきて下さい…!

「ったく仕様がねェななまえチャンはァ」
「ありがとうございまーす!」

ぽんと私の前に置かれた二杯目の紅茶。うーん、やっぱりいい香り。さあ頂きましょうと手を伸ばしたら靖友くんがすっとそれを自分の方に引いた。私はぽかんときっと馬鹿みたいな顔で彼を見つめていただろう。だけど靖友くんはそんなことには突っ込まないで、まだ駄ァ目といった。

「手、動かせねんだろ?」
「う、うん…」
「だったらー…」

そう言ったかと思うと、靖友くんの顔がすぐ目の前にあった。唇に触れる柔らかいものと、鼻に香る大好きな人の匂い。いつもは触れてすぐ離れるだけのものが、今は違った。正面から感じていた柔らかな感覚は一瞬離れてすぐに右側から、左側からと角度を変えて与えられる。

「ちょ、ちょっと、やす…っ」
「っは、いいねェ…んっ」

離れた隙に何か言おうと思ったものの、それは叶わなかった。なんと今度は靖友くんの形のいい薄い唇が、私の上唇をぱくりとくわえた。そんなこと他の人は勿論靖友くんにもされたことがなかったのでどうしたらいいか全く分からなかった。手を宙に上げてはみるものの、まだ全然乾かない指先。このまま靖友くんに抵抗するのは少々咎められた。それに内心嫌、でもないという自分もいたから。なんだか、ずるい!それから上唇をくわえられたことによって若干開かれた私の口内に、ぬるりとした感触がすべりこんだ。それが何かはすぐに分かった。ゆっくりと私の歯列をなぞり、確かめるように動いた後、私の舌へと絡められる。部屋の暖かさもあって、頭はますますぼうっとしてきた。

「んっ…や、やすとも…」
「気持ちよかったァ?それしてあげた礼ってことで?」

余裕の表情だけど若干赤くなった顔で靖友くんは私の指先を見る。俺が塗ってやったとでも言いたげな、ぎらついた目だった。こんな靖友くんは初めてで、鼓動がまだ速い。酸素が私はまだ足りなくて、うまく言葉を彼にかけられない。そんな私の顔を見てはにっと笑う靖友くん。近い距離にまた、どきどきする。さっきはゼロ距離だったのに、この触れそうで触れない距離にとてつもなくどきどきする。さっきのことを思い出して靖友くんの唇を見てしまう。唾液でつやつやして見えて、色っぽくて、すぐに目をそらしてしまった。あんなキスするんだ、靖友くんって。今までしてくれていた、触れるだけのキスとは全然違う。どこで覚えたんだろう、なんて考えてしまった。

「も、もう一回…」
「…ハ?」

忘れられなくて、考えるより先に言葉が口をついていた。爽やかな色の指先とは反対に、熱い部屋だと思った。私の気持ちもそれにつられてすっかり熱くなってきてしまったみたいだ。いつもは恥ずかしくてそんなこと言えないのに。靖友くんもびっくりしていた。でもニヤッと笑ったかと思うと、靖友くんが私の肩をちょっと強めに抱いて、顔を近づけてきた。あ、食われるって思った。


20141201
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