好きな女を泣かせた。別に泣かそうと思ったわけじゃない。俺はなまえの笑顔が大好きだったし、ずっと笑っていて欲しかった。だけど、俺の理性が足りなかった。あの時、あと少しだけ俺がまともな人間だったなら、こんなことにはならなかったのに。
「なまえこれからどこか行くのか」
「うん、荒北とごはん」
暇だから、と言って俺の家にずかずか入ってきたなまえは、ソファに座ってテレビを見ている。
「仲直りしたんだ」
「うん」
「へえ、」
「今日記念日なんだ」
「知ってる」
高校時代から知っている彼女は大学生になって化粧をして、大人っぽい服装をして、少し香水なんかもつけるようになった。見た目は少しは変わったけれど、中身はあの時から変わらない、純粋で優しい奴のままだ。なにも考えていなさそうなその笑顔に胸が痛む。この痛みは何度も経験してきた。けどいっこうに消えてはくれない。まして慣れなんかもしない。こいつが好きなのは俺ではなくて、靖友だから。
「隼人は?」
おもむろにテレビを消して、俺に聞く。俺とお前は名前で呼び合う仲なのに、お前と靖友はまだ苗字なんだ。そんな小さなことに優越感を持っていたが、そんなもの何の意味もなかった。結局のところこいつが見ているのは靖友だけ。荒北、だけ。彼氏じゃない男の家に平気で上がるなまえは、俺のことをただの友達だと思っているに違いない。信頼されてるんだろうけどさ。全然嬉しくなんかない。
「なあ、なまえ」
「何ー?」
足を組み直した時、スカートから覗く白い脚。ぐっと息を飲んでそこに視線がいったことにこいつは気づきもしない。ジュースのおかわりちょうだい、と無邪気に笑っている。俺が黙っているからか、俺の顔を上目づかいで覗き込んでくる。やめろ。
「靖友なんかやめとけよ」
ぽつり、ふいに言葉が漏れた。言った後に自分の言葉の意味を理解できた。なまえの方を見てみると、表情はいつもと大して変わらなかった。
「どうしたの、喧嘩でもしたの?」
ああ、そんな風に伝わったってことか。違う、違うんだそういうことじゃなくて。俺が言いたかったのは、もっと汚くて親友には言えないことかもしれない。
「ね、はや…」
俺は無意識のうちに、なまえの言葉を聞かないで床に押し倒していた。さすがにその時のこいつの表情は、いつもとは違った。状況が分かっていないけれど、危険を察知したような、そんな顔。
「どどど、どうしたの隼人」
そう言ってまだ笑う余裕のある表情に苛ついた。そういう雰囲気だということを感じているのか、いないのか。どうして笑ってるんだ?冗談だと思ってるんだろうな。
「お前は俺のこと男と思ってないみたいだけど、」
唇を引き結び、押さえつけた手はかすかに震えている。なあ、どうして怖がってるんだ?むかつくからそういう顔するのやめてくれないか。
「俺だって男だし、色々考えるんだ」
「ねえ、手痛い。考えるって、何…」
ああ、むかついてしょうがないよなまえ。俺のことなんか眼中にないっていうお前が、頬を染めながら靖友のことが好きだというお前が、お前がむかついてむかついてしょうがないんだ。
「考えるって…そりゃ、こういうことだよ」
そうして夢中でなまえの唇をふさいだ。荒っぽく、舌を絡ませて。離れようと抵抗してきたけど、離さない。
◇
「っ…酷いよ隼人、知ってるのに、荒北と私のこと…」
「知ってるからだよ。ちょっと黙っててくれないか」
ぼんやりと、だけど高揚した気持ちの中見えたのは、大粒の涙だった。けど、そんなもの今の俺の行為をやめる理由になるはずもなかった。一度ぶっちぎれた理性はそう簡単には繋がらないんだ。そして俺はスカートの中に手をのばした。そこに触れたとき、こいつが本意でないにせよ俺によって感じているということに気付いた。それによって快感を得た俺は夢中で行為を続けた。途中から泣き声も聞こえなくなった。本当は泣いていたのに。
「荒北、ごめんね…」
"全て"終えた後なまえは靖友の名前を呟きながら泣いていた。むかつく。悪いなんかこれっぽっちも思わなかった。どうしてあいつなんだって、そんなことだけを思った。外はもう夕方で、靖友との待ち合わせには間に合いそうにもなかった。
「俺が靖友に電話しておくよ」
赤い目でなまえが俺を睨んだ。ああ、いいね。
20141129