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現実主義とはよく言ったものである。ただ夢を見るのが怖くて逃げ出した奴であるだけだ。でも私の考えはこうだ。夢や理想にこだわるのは子供。理想主義など、考えられない。しかし現実主義というものは、批判を勿論だがされてしまう。まあ、なんと言われようと私はあくまで現実主義でいたい。言い換えれば現実主義とは真実を見ていること、ではないだろうかと昔の偉い人も言っていたような、いなかったような。

そんな考えを持っている私であるのに、私が恋をしてしまった人はどうやら理想主義らしい。それを知ったのは別に今になって、というわけではないのだけれど。どこかそういう空気は出していたし、感じ取れなかったわけではない。

「うおずーみん」
「…なまえ、どうした」
「(スルーですか)ずーみんは相変わらずバスケが好きだね」

部活が終わったら一緒に帰ろうと言ったのはこの人なのに、忘れていたのか残って練習をしていた。体育館に響くボールの音。バスケに特に興味はなかったけれど、魚住のおかげですっかり詳しくなった。このボールの音も嫌いじゃない。

「ねえ、もうすぐ最後の、」
「…違う、最後にはしない」

別に彼に、彼のチームに対して否定的な意味を込めて言ったわけではない。魚住もそういう風には受け取っていないと思うけれど、言って少し後悔した。ごめんね。そうだよね。もう切り上げるみたいで、ボールを片づける。汗の量、すごいな。

「勉強してたのか」
「うん」

だって三年生だし、そう言うとそうだなと一言だけ。

「…大学、前言っていたところか」
「うん」
「十分合格圏内らしいじゃないか」
「うん、一応」

魚住が何を言いたいのかは分かった。なんでそんなレベルの低いところをってやつでしょ。お前ならもっと上を目指せるのにと。前も言われて私がひどく怒ったから今は控えめに言っているけれど。相変わらず魚住は不器用だ。ぼかして言ってるつもりみたいだけどバレバレだよ。私は確実に合格できそうで、世間からの評判もそこそこなところ、就職にも有利なところに行くつもり。それがいけないことなの?人にどう言われても構わない。そういう主義だから、それから黙ってしまった。また魚住にそれは言い訳だ、逃げだ、と言われるのではないかと少し怖かった。言い返されるのは嫌いだ。

「俺は、I.Hに行く。全力を尽くすつもりだ」
「…うん」

相変わらず理想とか夢を口にすることが好きだなあ。私とは相反する魚住。だけど君の隣が一番落ち着く。不思議だけど、すごく。真っ直ぐすぎて馬鹿みたいな夢ばかり見ている君を冷たい目で見てしまうこともある。本当は少しだけそんな考え方ができる魚住が羨ましいから。私には才能も何もないし、魚住みたいに何にも恵まれていない。魚住は凡人の気持ちが分からないんだ。だからそんな私に簡単に、いじわる言えるんだよ。

「…正直少し怖い、俺も。キャプテンなのにな。…だけどお前の応援で俺は頑張れる。理想じゃなくて本当に、俺はやれるという気になる。理想でしかなかった大舞台は、もう現実になろうとしているんだ」

静かな口調で言う魚住はその大きな体とは裏腹に、なんだかとても弱く見えた。いつもはチーム全体を引っ張る魚住が、こんなにも小さく見えるなんて。絶対にチームメイトの前では見せない姿だと思うと、胸が痛くなった。逆に言えば時々私にだけ見せてくれる魚住の姿だった。不謹慎ではあるけれどそんなことに嬉しさを覚えた。

「…ありがと、魚住。頑張れ、」

ぽつりと言うと嬉しそう、だけど寂しげな顔をして笑った。

「…私も、頑張るよ」

大学のこと、考え直してみようか。こんな時期にではあるけれど、何度も魚住に言われて、理想や夢を考えてみたくもなった。そこに踏み入るのはやっぱり怖いけれど、現実だけを見ていては分からないこともあると、そう魚住が教えてくれたから。自分のやりたいことを学べる大学を、目指してもいいじゃないか、そう思えた。

「私も夢を叶えたいなあ」
「夢?」
「うん。聞いてよ」

20111002
20141129 加筆修正
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