中編小説 | ナノ



硝子の夜の鎮魂歌 @
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────随分と深い眠りだったように感じるが、そうでもないのかもしれない。男ははっと顔をあげ、習慣にならい時計の方向に振り向いた。しかしそこには白い壁があるだけだった。
男は霞む目を擦り、首を捻る。なぜ自分はベッドではなく、窓辺の冷たい床の上で寝ていたのだろうか。傍らに置かれたキャンバスがその答えだった。絵を描きながら、そのまま床で眠ってしまったのか。


『・・・眩しい』


既に日は高く登っていて、随分と長い時間眠っていたことに気がつく。家には男の独り言を聞く人間は誰もいない。ただひとり余生を過ごすには若すぎる男は、時間を身に余らせ気だるく窓にもたれかかった。


いつ見ても波が穏やかだと、男は窓枠に飾られた風景を見つめぼんやりと思う。別にこの町が気に入って住み始めた訳ではない。人目を避けようと流れ流れてたどり着いた、人口の少ない小さな海辺の町。はずれに住む男の家の周りには店も民家も無く、ひっそりとしていて人気がない。そんな場所に住み着いて、気付けば一年が経とうとしていた。


『いつか・・・出ていかなきゃ』


意味もなく呟いた言葉と垣間見えた現実に少しだけ目を伏せた。

数年間、自分が犯した罪に向き合い続けた男の心は疲れきっていた。あの日、大切なものを守りきれなかった自分の不甲斐なさを思い出す度、男は胸をつまらせた。


『・・・・・・・・・』


床に散らばった絵画を見やる。どんなに記憶の糸をたぐっても何一つ思い出すことが出来なかった。自分はどのような絵を、どんな気持ちで描いていたのか。床に放り出された絵画の中で微笑む友人達は、本当にこんな顔をしていただろうか。

再び窓の外に目をやれば、太陽が映る穏やかな波のさざめきが目に入る。男は思い立ったように床に落ちていたスケッチブックを拾い上げ、青い海にそぐわない真っ黒なコートを羽織った。


・・・これで描けなければ、諦めよう。


早足で家を出た男は岸を一歩ずつ確かめながら降りていく。照りつける太陽に目を細める。革のブーツで散らばる木片を避け、砂の動きを感じながら傍らから寄せては返す波を避けて歩く。しばらく歩いてたどり着いた、砂浜の果ての乾いた岩肌。

快晴の青空の下、黒い岩礁の上に立ち、ひと息ついて空と海の重なりを見つめた。







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