最後の恋 B
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『・・・っ』
『あら、おはよう。もう昼よ』
むせ返る香水の匂いに思わず顔をしかめる。昨日自分が気まぐれに追い返したオンナの姿が、起きてすぐ目に飛び込んできた。オンナはあれほど手酷く扱われたにもかかわらずにこにこと笑っていて、何を考えているやら分かったもんじゃない。
『・・・なんでいるの』
『グレッグったら、なんだか様子がおかしかったでしょォ?気になって戻ってきてあげたのよ』
片隅の流しに立ち、紅茶を淹れようとしているらしい。勝手が悪い、などとぶつくさ小言をいう彼女を尻目に、寝ぐせのついた髪をかきあげながらアトリエに向かう。すぐに背後から追いかけてくる彼女の気配にげんなりとしながら、後ろ手に扉を閉めようとするも、彼女の手がそれを阻む。
『何かあったの?私が聞いてあげるわよ』
「・・・・・・・・・はぁ、名前・・・なんだっけ」
『ひどいわねぇ・・・エルよ』
「・・・・・・・・・・・・」
『・・・ねェん、グレッグ』
椅子に座る男にもたれかかってくるエル。寝起きからじっとりとした体温とブロンドの髪にまとわりつかれ、男は眉間にしわを寄せる。
・・・大体なぜ自分のような男にこんなにオンナばかりが集まってくるのか、男は疑問に思っていた。炭坑町の片隅、身分も名前も隠し息を潜めるように生きてきたというのに。
もはや抵抗するのも面倒で、毒々しい口付けを受け入れる。
『ねぇ、・・・あの噂って、本当?』
「・・・噂?知らないよ」
『昨日聞いたんだけどさ・・・』
普段人と行き来のない男には何の話か皆目見当がつかない。にやにやと瞳を見つめながら、ひとつひとつ自分のシャツのボタンを開ける女を一瞥もせず、耳に入る興味もない話にため息をつく。
『アナタ、あのウェストン校の生徒だったんでしょ?』
「・・・え」
思わぬ単語に、すう、と引いたように呼吸が止まる。
前のボタンをすべて開き、エルは男の膝の上に跨る。しかし男は、血の気が引いていく感覚の中オンナに構う余裕などなかった。
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