中編小説 | ナノ



最後の恋 A
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***




『よう!相変わらず精が出るなぁ!』


「おつかれ旦那っ!いつものでいい?」



田舎町の廃れたパブ。
炭鉱仕事で煤だらけの男達が小さなテーブルを囲い、仕事終わりの一杯を楽しむ場所。
がやがやと騒がしい店内を男達にぶつかりながら進み、ユーリアは大皿の料理を運ぶ。



『毎日元気なもんだ!疲れが吹き飛ぶぜ』

『ユーリアちゃんはうちの看板娘だからねぇ』

『がはは!ずいぶんじゃじゃ馬な看板娘たちだ!』

「失礼ね!これでもれっきとしたレディなんですのよ」



胸を張って言えば周りの者達の笑い声がどっと湧く。
炭鉱の男達は割腹がよく、粗野な者も多いが皆優しい。

あの日すべてを捨て、愛する人が残した子供を守るために街を飛び出した。
流れ流れて、たどり着いた炭鉱町。身重で行くあての無い私を拾い、住み込みで雇ってくれた老夫婦。優しい住人達。ユーリアにとって、この町は天国のようだった。



「こら!大人しくしてなさい!」

『はーいママー』

『いいじゃないか!なぁ?アリー』



店内を走り回る娘アリーが、ある炭鉱夫のテーブルで立ち止まり料理をつまみ食いしている。笑いながらアリーの頭をがしがしと撫でる炭鉱夫に頭を下げながら、アリーを追いかける。全く・・・こんな小さな体のどこにこんな体力があるのだろうと、ユーリアは呆れながら思う。


『ありがとう!ダンおじさん!』

「この子ってば本当にお転婆で・・・」

『はは、子供は元気が一番だ!』


ポケットにたくさん食べ物やお菓子を詰め込んだアリーを裏に連れていく。その時だった。
ふと、あるテーブルの話が耳に入る。





『・・・あの男の顔を見ただと!?』

周りの男達がいっせいにざわつく。
・・・どうやら海岸沿いに住む男の話をしているらしい。ユーリアもまだ会った事はないが、ずいぶん風変わりな男だと聞いている。
誰が訪ねても家から出てこず、たまに出てきても何も話さず俯いていて、誰もその顔を見たことがないという。その男の存在はこの町の一つのオカルトのようなものだった。


『ああ、チラッとだがな、見えたんだよ』

「へえ、どんな人だったの?」

『ありゃぁ間違いねぇ・・・若い女だぜ!』

『女ぁ!?』

『ああ!化粧しててよ、肌も真っ白でそりゃぁ別嬪さんだったぜ!ユーリアちゃんより美人かもなぁ』

「ひどぉい!」

『まぁ、あんな辺鄙な場所にひとりで住んでるんだ、変わりもんにゃァ違いねぇ』


コロコロと笑い転げる。
この辺りは若い女性は少ない。もしも若い女性がいるのなら、どんな人だろうかと興味が湧く。どんな事情があるのか知らないが、この町の人はみんな優しいのだから、そんなに頑なに関わりを絶つこともないのに・・・ユーリアは自身の生い立ちからか、そんな人を見るとどうしても同情してしまう。

崖の上の風変わりな男は、実は風変わりな佳人だったという話は終わり、男達の話は別に移っていく。



『・・・ママ、眠たい・・・』

『ユーリアちゃん。アリーちゃん寝かせておいで』

「はーい」

『また明日な、アリー』


男達に手を振られ、おやすみなさい、と笑顔でふりかえすアリー。ユーリアはしきりに目をこするアリーの手を引き、ゲストルームになっている店の二階にある自室に上がっていく。


『ねぇママ、ご本読んで』


「いいわよ」


ベッドに横になるアリーに、大好きなクリスマス・キャロルの絵本。階下の喧騒をよそに、静かに流れる平和な時間。


「もうすぐクリスマスだからこのご本にしましょう」


うつらうつらとなるアリーに、ゆったりと絵本を読み聞かせる。たゆたう様に、子守唄のように優しく響くユーリアの声が、アリーにそっと寄り添う。
全て読み終わる頃には、夢うつつになっている我が子の細い髪を優しくなでる。


『・・・ママ、おやすみなさい』


「おやすみ、アリー」



アリーが眠りにつくのを見届けて、ユーリアは足音を忍ばせて再び階下に戻っていった。












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