ぼの様リクエスト作品です!
とあるバンドの曲ありきで作話しております。
遠く離れた場所にいる君へ
今君はどんな空を見ているだろう
これから君はどんな未来を知るのだろう
僕は相変わらずあの日のまま動けずに
空を見上げてはひとり
君の幸せを祈っている
*
────僕が学園を追われた日の話
僕達の罪を弾劾する者が現れ、僕は一夜にして全てを失った。
処分が下されるまでの残された学園生活の中で、僕はひたすら膝を抱え悩み続けた。
どんな罰でも受け入れるつもりだった。ただ重すぎる罪を償いたい、その一心だった。
しかし、僕達に言い渡された刑罰は『放校処分』・・・
神様は僕に十字架を背負って生きろと宣った。
罪の意識に苛まれた僕は処分当日、最後に持っていたものを手放す覚悟を決め学園の門を後にした。
*
────行く道は曇り、ロンドンの閑静な郊外。
学園を追われた日、僕はその足で彼女の住む町へ向かった。三日三晩降り続いた雨でできた水たまりが雫を撥ねる。通いなれたはずの道がいつもと違って感じた。
早朝だが彼女は起きているだろうか。
手紙は届いただろうか。
『マリア・・・僕だよ』
「グレゴリー!」
家に着くなり、血相を変えた彼女が飛び出てきた。
最後に会った夏よりも少し痩せたようにみえる。手には薄い便箋が握りしめられていた。
あまりに悲愴な表情に、僕は自分が何をしてしまったのか、改めて事実を突きつけられたような気がした。
「本当なの!?本当に・・・人を・・・」
『手紙の通りだよ』
「そんな・・・!」
「おかえりなさい」も「久しぶり」もなかった。
僕の口から真実を確認すると、彼女は堰を切ったように涙を流しはじめた。
手紙に認めた事実に嘘偽りはない。
僕はどこか冷めていた。人殺しである僕を怖がるなら怖がればいい。それが、罪人である僕に対する世の中の総意だろう。彼女だけは・・・なんて女々しいことも言うつもりもない。
未来の全てを失った今、僕に残ったのは恋人のマリアだけだ。そして今日ボクはここへ来た理由は他でもない。
既に覚悟はできていた。
最後に、マリアを失うことは───
*
僕は彼女が好きだ。
昔から変わらない、子供のように幼い相貌。細く長い髪も、くしゃりと笑う顔も長い睫毛も、優しい眼差しも。隣で微笑んだまま眠る彼女を、僕はいつだって飽きることなく見つめていた。
寄宿学校に入学してからは休暇の間の短い時間しか会えなかったけれど、戒律厳しい学園生活に疲弊する僕を癒してくれるのは彼女だけだった。
僕は彼女がいなければどうなっていただろうか。まるで想像がつかないけれど、きっと今のボクはいなかったことだろう。
『マリア』
「・・・」
無意識に彼女を呼ぶ声が甘くなる。
ひととおり泣いて、少しだけ冷静さを取り戻した彼女が僕に支えられて立ち上がった。
血に濡れたこの手を拒絶することなく取ってくれた・・・それだけで充分だった。
「グレゴリー・・・私・・・」
『ねえ、マリア』
彼女が何か言いかけたけれど、僕は強い口調で彼女の言葉を遮った。
これは僕のわがままだけれど、僕達の関係を終わらせるのは彼女の言葉であってほしい。・・・君が話すべき言葉は言うなれば僕達の『結びの言葉』だ。
*
『・・・僕はもう普通の人生は歩めないと思う』
僕の言葉を待っている彼女の瞳が涙の奥で、いつもより強い色を帯びている。敏い彼女のことだから、僕の決意を既に察しているのかもしれない。
『・・・これから僕はただ贖罪のために生きたい』
「・・・うん」
言葉の裏に見え隠れする真意が刃になって、彼女を傷付けているのが分かる。それでも僕はここてけじめをつけなければならない。気付かぬふりも愛情のひとつだと言い聞かせて、僕は言い放った。
『僕は君まで不幸にしたくない・・・僕は君を連れていくことはてきない』
*
何秒間、時が止まっただろうか。
僕は永遠にも感じられる時間のなかで、身体が冷えていくのを感じた。そしてその冷たさは心にまでしみた。
静寂を破って、彼女が一言だけ呟いた。
「・・・それがあなたの決意なのね」
僕は何も言わずに頷いた。
弱い男だと罵ってほしい。
情けない奴だと詰ってほしい。
君を幸せにできない自分が、僕はこれ以上ないほど嫌いだから。
マリアは優しいからきっとそんなことはしないだろうけれど、心の中でどう思ってくれていても構わなかった。
『僕にはもう何も無い。この身一つで、誰も知らない場所で・・・贖罪の方法を考えたいんだ』
木々がざわめいて、冷たい風を運ぶ。
彼女がボクを見上げる。僕もまた黙って彼女の言葉を待った。きっと次に彼女が口を開いた時、全てが終わるだろう。そんな気配がした。
一歩僕に近づいた彼女が僕のコートの胸元に手を置いた。驚いて息を飲んだ僕の唇に、彼女が背伸びをして口付けた。
『マリア・・・?』
「・・・グレッグ」
『・・・』
「・・・私が止めたって、貴方は行くのでしょう?」
*
彼女の一言で全てを悟ってしまった僕は、もはや彼女の顔を見ることも出来なかった。
「貴方は意地っ張りだもの・・・ひとりで背負わなきゃ、気が済まないのよね」
『マリア・・・』
「・・・愛してる、グレッグ」
溢れそうな哀しみを堪えて微笑む彼女が痛々しくて、胸の奥が締め付けられる。
本当は怖かった。辛かった。
君にだけは嫌われたくなかった。
蓋を開いてしまえば、溢れるのは狂おしい程の愛だけだった
彼女の口から聞いた「愛してる」という言葉に、僕は涙を止めることができなかった。
『ごめん・・・ごめんね、マリア』
「・・・いつか必ず迎えに来て」
膝から崩れ落ちる僕を、今度は彼女がささえてくれた。握りしめられた手のひらが優しい熱を持った。
今の僕に誓えることは、ただひとつだけだった。
『・・・必ず罪を償って、君の元に戻るよ』
*
雪が降りだしそうな空を見ると思い出す、君と最後にあった日の場面。もう何度、ひとりこの空を眺めたことだろう。
───どんなに時を経ても、結局僕は答えを見つけることができなかった。この罪を償う方法など最早存在しないのかもしれない。使い古したカップの淵に指を滑らせながら思う。
この命が尽きるまで、僕はこの罪を背負い続けなければならないのだろう。
廃れた田舎町の片隅、時が止まったように静かな部屋でひとり、僕は最後の手紙を書いていた。繊細なガラスのペンに紺のインクを浸して、愛用の薄い便箋に綴る。さらさらと乾いた擦過音だけが響く。
───僕は今でも君を想ってる
僕の心はいつだって君と共にあるんだよ
・・・君はもう、僕のことを忘れて幸せになっているかもしれないね
そう願わずにいられない
約束は果たせないけれど、こんな僕にもひとつだけわかったことがある───
結びの言葉を綴り僕は窓を開けた。
木枯らしが頬を撫で、寒い季節の訪れを告げている。
封筒には何も書かなかった。きっとこの手紙の内容は、君にしかわからないだろうから。
奇跡に奇跡が重なってもしも君にこの手紙が届いたなら、僕は神様に感謝しようと思う。
窓から手を伸ばし、そっと手を離す。風が君がいるはずの方角へ、手紙を運んでいった。
『──透き通る世界がどこにもないとしても
ただひとつの真実は君への愛──』
end