オトナの恋のはじめかた
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「あ、あのっ!」
『・・・・・・何』
「私・・・あなたが好きなの・・・!」
───同じ時期に入団した上に同い年だった彼とは、はじめは見かけたら挨拶をする程度の仲だった。
ずっと彼のことが気になっていた。
いつも涼やかな彼だけれど、本当は友人思いで優しく、いつも自分以外の誰かを気にかけている繊細な人だった。
そんな彼の本性を知って、恋に落ちるにそう時間はかからなかった。
立場上、私より高位な彼にやっとの事で思いを告げられたのは、今日の限定集会のあとの事だった。
『・・・・・・・・・・・・』
彼は突然の私の告白に言葉をなくしていた。私が彼を呼び止めたのは誰もいないステージ裏の廊下。一歩外に出ればみんな忙しく働いている。
緊張に張り詰めた空気の中、ひたすら彼の返答を待つ。
『・・・・・・・・・』
「・・・・・・・・・」
早く何か言って・・・!
私がぐっと目を閉じ祈っていると、ややあって小さく言葉が返ってきた。
『・・・そう。ありがと』
振られることを覚悟していた私は、伏せていた顔をはっと上げた。
「え?」
『君も僕達のファンだったんだ・・・知らなかった』
・・・どうやら祝歌隊の彼は「好き」という言葉を勘違いしているらしい。ステージの上でするように、軽く手を振って私の前から去ろうとしていた。
「違うの・・・あの・・・その!」
行ってしまう・・・!慌てた私は咄嗟に彼のなびくスカーフの端を掴んだ。驚いた彼は立ち止まり振り返る。
『・・・僕、忙しいんだけど』
「私、あなたを一人の男性として好きなの・・・!」
『・・・・・・・・・え?』
「ずっと見てたの・・・あなたのこと・・・あなたがここに来た時からずっと・・・ずっと・・・」
『・・・・・・・・・それって』
『バイオレット、こんなところにいたのか!』
大きな声にびくりと肩が跳ねる。ふたりの空気を破るように、彼の友人のひとりが小走りで近付いてくる。
「あっ、えっ・・・と」
『・・・グリーンヒル』
『ブラバットさんがお前を呼んでいるぞ。早く行け』
『・・・・・・・・・・・・』
彼は何事もなかったかのように友人と言葉を交わし、この場を去ろうとしている。
このままでは彼からの返答はもらえないまま、有耶無耶になってしまう・・・
どうすることもできないまま震える脚で立ち去ろうとした、その時だった。
『・・・マリア、今夜僕の部屋に来て』
横をすり抜ける彼が、私の耳元で微かに囁いた。はっと顔を上げたけれど、その表情ははっきりとは伺えなかった。
彼に聞こえたのではないかと思うほど、鼓動がどくんと跳ね上がる。
「・・・うん」
すれ違いざまに密かに握られた手が熱い。
彼の友人がきょとんとした顔で私を一瞥したが、私たちを取り巻く空気に気付くことなく去っていく。彼もその後に続いた。
私はしばらくその場から動けなかった。
「もう・・・心臓がもたない──・・・」
壁にずるずるとへたばる私は膝を抱え腕の中に顔を伏せた。
私の顔を染めた犯人は、とっくに廊下からいなくなっていた─────
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