夜明けが現実を連れてやってくる



※死ネタ(歴史的事実含みます)



「と、しろ…」

ぼんやりとした意識のなか、ぽつりと呟いた名前。
時計を見ればまだ深夜の二時。嫌な時間に目が覚めたものだ。

彼――土方十四郎が死んで一週間が経った。敵に銃で撃たれて呆気なく死んだらしい。だから刀だけじゃ駄目だと言ったのに。
…まだこんなことを言えるのは現実についていけないからだろうか。

私は女中であり、彼と付き合っていた。私にはそんな女らしい所はなく、むしろがさつで、さっぱりした性格をしていたのに彼は私を必要としてくれていた。

仕事で忙しいだろうに、夜になると私の部屋まで来て構ってくれていた。優しく笑って、キスして、身体を重ねて。喧嘩もよくしたものだ。なかなかお互いが謝らないものだから、近藤さんが一生懸命間に入ってくれたっけ。
嗚呼、その近藤さんももう、いないのだけれど。

近藤さんが死んでから、真選組はみるみる衰退していった。隊員も一気にやめていき、今じゃほとんどいない。それでも、武士として、土方十四郎を筆頭になんとか刀を振ってきた。
それが、一週間に土方十四郎は死んだ。

嘘のようだった。いや今でもまだ信じられない。
遺体を見たときだって、現実についていけなかった。手を握っても冷たくて、話し掛けても答えはなくて。だって、昨日まで、今日の朝まで、生きてたじゃない。私を煙草臭い隊服で抱き締めてくれたじゃない。

人間の脆さを思い知った。鬼の副長だって、やっぱり人間だったんだ。



「とう、しろう」

またぽつりと呟く。
夢の中では、いつも貴方が出てくるんです。近藤さんもまだ生きてる。それに沖田さんだってまだ元気だった。
あの楽しかった頃が、毎日毎日毎日夢で繰り返される。
笑って、笑って、酒を呑んで、みんなで大騒ぎをして。
沖田さんが土方暗殺計画とかいって毎日飽きずに頑張ってたなあ、近藤さんもストーカーに励んでいたっけ。
あの馬鹿みたいな日々がこんなにも愛しい。恋しい。

ねえ、どうして私を置いていったの?
あの日、行ってくる、待ってろって言ったじゃない。私、待ってるの。ずっとずっと待ってるの。
十四郎さんの帰りを待ってるのに。まだ帰って来ないの?

「………っ…」

涙が止まらない。毎日泣いてるのに涙は止まることがない。
抱き締めて、欲しい。あの強い腕で。強く、私を抱き締めて欲しい。

「とうしろう…さん…っ」

ねえ、どうして夢でしか会えないの?
一緒に寝ていたこの布団の十四郎さんの匂いも消えてきてるの。

徐々に、貴方の存在が無くなっていく。
死んだという現実が強くなっていく。


貴方が死んだから私も後を追う、なんて馬鹿な真似はしない。そんなこと、望んでないでしょう?

だって近藤さんが死んだときも貴方はそんなことしなかった。
私も死んではならない。生きなくてはならない。



でもね、もう心の拠り所がないの。
どんどんどんどん真選組は弱くなっている。貴方が死んでから、もう真選組は終わったも同然。
まして私は女中。戦うこともできない。隊員もいない。誰が救えよう。



絶望の中でも、それでも夢の中ではあの華やかな時代が蘇る。
万屋のみんなと、真選組で馬鹿みたいな勝負をしてる、そんな楽しくて仕方がなかったあの頃が。
「愛してる」彼の低くて綺麗な声を思い出して、もう耳元で囁いてはくれないと思うと、また涙が溢れた。



せめて、夢のなかだけ。





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